薄組・薄景子

熊埜御堂由香 17年11月26日放送

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香りの話 土屋耕一さんのキャッチフレーズ

香りは、女の、キャッチフレーズ。

ある化粧品メーカーの広告に使われたフレーズだ。
言葉にしないで、香りで伝える。
すべての女性が、あらゆる時に、そうできたなら。
きっと世界から、男と女の喧嘩はなくなるだろう。

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薄景子 17年11月26日放送

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romana klee
香りの話 CHANEL NO.5

伝説の香水、「CHANEL NO.5」
ココ・シャネルがその調香を依頼したのは、
天才調香師といわれた、エルネスト・ポーだった。

彼の試作品の瓶には1から5、20から24の数字が貼られ
その中からシャネルは5番を選んだという。

5という数字はシャネルにとって、純粋で神秘的なものだった。
幼少期、修道院の孤児院で過ごした彼女が通った聖堂の通路には、
この数字が模様のように描かれ、
修道院の庭には、5つの花びらをもつ
ゴジアオイが咲いていたという。

特別な数字を纏ったシャネル初の香水は
自身の5度目のコレクションの日、5月5日に発表された。

かのマリリン・モンローが「何を身に着けて寝るのか」と
尋ねられたときの答えにも、この神秘の数字は秘められる。

「シャネルの5番を5滴よ」

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茂木彩海 17年11月26日放送

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welshwitch36
香りの話 「ロードゥ イッセイ」

イッセイミヤケがはじめて手がけた香水、
「ロードゥ イッセイ」。
意味は、「イッセイの水」。

自立した女性が身に着ける香りは
水のようにクリアでありたい。

衣服を一枚の布として考える
イッセイならではのシンプルな思想が、
香りにも受け継がれている。

「ロードゥ イッセイ」が完成して、25年。

イッセイによってデザインされた香りは、
いまなお世界中の女性を、香りで応援し続けている。

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茂木彩海 17年11月26日放送

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香りの話 「鉄の女」の香り

鉄の女、マーガレットサッチャーが愛用した香水は、
Penhaligon’s(ペンハリガンズ)の
「Bluebell(ブルーベル)」だと言われている。

香りの特徴はというと、
はじめにグリーン系のさわやかな香りがただよい、
しばらくするとヒヤシンスやジャスミンなどのフローラルへ。
最後はスパイスが、香り全体を引き締める。

甘くセクシーなわけでもなく、
かわいらしいわけでもない。

強く、重厚感のあるリッチな香りを選んだサッチャーから、
香りは女性にとって大切な意思表示のひとつであると
気づかされる。

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熊埜御堂由香 17年11月26日放送

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Mohmed Althani
香りの話 ジョー・マローン夫妻

日本でも知られるイギリスのフレグランスブランド
ジョー・マローン。
ブランドを設立した調香師ジョー・マローンさんは
カリスマ的な人気をほこる。

彼女のこだわりは、自分の手と嗅覚だけを信じて
機械を使わずに調香すること。
ブランドをここまで大きくしたのは、19歳で出会い、
経営を支えた夫の存在だ。
彼女は、夫の匂いを、どんなささやかな
ものからでも嗅ぎ分けられるという。

ブランドを代表する香りは、夫のために調香したものだ。
フレグランスとは香る人によって感じ方が違うもの。
きっとその香りの中には、
彼女にしか甘受できない夫の香りが含まれている。

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熊埜御堂由香 17年10月29日放送

171029-01

写真のはなし マン・レイと被写体

写真家としても画家としても活躍したマン・レイが
こんな言葉を残している。

 私は絵に描きたいと思わないものを写真に撮る。
 それは、すでに存在しているものだ。

被写体がいて、写真家がいる。
一枚の写真の中には、
その関係性が焼き付けられている。

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熊埜御堂由香 17年10月29日放送

171029-02

写真のはなし 操上和美のファインダー

 コップ一杯の水で写真が撮れたら、
 一流のカメラマンになれますよ。

81歳の現在も活躍を続ける写真家
操上和美はそう言う。

コップに水を入れて毎日観察していると、
水の存在や光との関係、持っている手の形など、
一つの哲学ができてくるという。

ファインダーを外した日常でも、ものをじっくり見る目。
それが写真家の武器なのかもしれない。

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薄景子 17年10月29日放送

171029-03

写真のはなし ポール・モブリ―の写真集

フォトグラファーの、ポール・モブリ―。
彼は100歳を越えるおじいちゃん、おばあちゃんを
70人以上撮影し、ある写真集をつくった。

タイトルは、「もしも100歳まで生きたなら」。

生き生きとした写真に添えられるのは、
激動の20世紀を生きぬいた先輩たちの深い言葉。

「神さまが私をこの世にいさせてくれるの」
という、117歳のおばあちゃん。

「100歳の誕生日にも飛行機にのったよ」
と語る、102歳の元パイロット。

「心の中がどうであれ、常に笑顔を絶やさずにいなさい」
というのは、お互い再婚同士の102歳と104歳。

「ズルだけは、絶対にやってはいけない」
というのは、長年牧場につとめた101歳の人生訓。

この撮影をきっかけに、100歳まで生きることを
自分自身の目標にした、というポール・モブリ―。

彼は、長生きの人には
ある共通点があることに気付いたという。

 みなさん、自らが学んできたことを話したがり
 人に分け与えようとします。
 無口な100歳以上の人はいません。

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小野麻利江 17年10月29日放送

171029-04

写真のはなし ロバート・キャパの視点

20世紀を代表する
報道写真家、ロバート・キャパ。

キャパが向き合い、撮ろうとしたのは、
「戦火の真っ只中で、何が起きているか」。
カメラだけを携えて5つの戦争に従軍し、
名もなき兵士たちを撮り続けた彼は、
こんな言葉を残している。

 君がいい写真を撮れないのは、
 あと半歩の踏み込みが足りないからだよ

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石橋涼子 17年10月29日放送

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写真のはなし カメロンの理想の美

写真技術が誕生して間もない時代に活躍した
ジュリア・マーガレット・カメロン。

彼女のキャリアは始まりが遅く、48歳から。
娘夫婦から写真機を贈られたのがきっかけだったという。
しかし、それからは周囲が驚くほどの熱意で写真術を学び、
精力的に制作活動を展開し始めた。

特に彼女が没頭したのが、
ラファエルの描く天使やアーサー王物語を題材にした、
芸術性の強い写真作品だった。

当時、写真は記録のための手段として認識されていたため
彼女の作品には厳しい評価が多かったが
カメロンは自分が理想とする「美」を写真で描くことに
多大な情熱を注ぎ続けた。

写真との出会いを、彼女はこう語る。

 私は先人たちの美をすべて捉えたいと切望していました。
 そして、ついに、願いが叶ったのです。

カメロンが生まれた家庭は、裕福であると同時に
美人揃いでも有名だったという。
そのなかで比較的地味な娘として育ったからこそ、
彼女の中には独創的で芸術性の高い
「理想の美」が生まれたのかもしれない。

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