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澁江俊一 19年4月21日放送


命がけのお茶

戦国時代の日本で
大流行していた茶の湯。

戦国武将にとって
狭い茶室で茶を点てて
ゆっくり味わうことは
命を懸けて戦い
死ぬことが身近にある日々の中で
なによりの癒しだった。

明日死ぬかもしれない。
というあまりに過酷な状況で
花や茶菓子に移ろう季節を感じながら
味わう茶の味。
いま私たちが仕事の合間に飲むお茶とは
密度がまったく違っていただろう。

時々でいい。
私たちも武将たちに倣い
いま生きていることに感謝しながら
いつものお茶を命がけで
味わってみたいものだ。


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澁江俊一 19年4月21日放送


茶碗の価値

茶の湯を愛した武将といえば
真っ先に思い浮かぶのは織田信長。

特に信長が惚れこんだのは
名物と呼ばれる「茶碗」だった。
日本中から集められた名物は
趣味として愛でるにとどまらず、
政治的に大いに利用した。

名物茶碗の数々を茶会で披露し
織田政権の富と権力を誇示したり、
名物を褒美として家臣に与えることで
茶碗ひとつに一国一城も相当する価値をつけた。
さすが信長、まさに名プロデューサー。

武将の中には
土地という具体的な褒美よりも
茶碗のほうが嬉しかったという者もいたほど。

当時は分け与えられる領土も
限りがあったため
信長にとって名物の茶碗は
家臣の忠誠度を保つ
最高の道具だったのだ。


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澁江俊一 19年3月24日放送


時を超える野菜

亀戸大根に練馬大根
千住葱
谷中しょうが
小松菜
のらぼう菜・・・

江戸野菜と呼ばれる
野菜たちをご存じだろうか?

その多くは
参勤交代で江戸にやってきた
全国各地の大名たちが
地元の味を懐かしく味わうために
種を持ち込んで庭で育てたことから
広まったと言われている。

日本各地の味を
遠く離れた江戸の地で
味わうために生まれた江戸野菜は
日本の歴史の味がする。

今は江戸東京野菜と呼ばれ
50種類近い野菜が登録されている。
江戸と東京をつなぐ悠久の時間に
想いを馳せながら
ゆっくりとかみしめてみたい。


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澁江俊一 19年3月24日放送

きんちゃん
酒米の王様

山田錦。
日本酒好きならぜひ覚えてほしい
酒米の王様と呼ばれる品種である。

日本酒に使用するのは
米の中心部「心白(しんぱく)」がほとんどだが
山田錦の心白は雑味となるタンパク質が少なく、
吸水性・消化性が抜群にいい。
これにより麹菌糸が繁殖する度合いが高くなり、
質の良い麹ができあがっていく。

大正12年。
兵庫県明石市の県立農事試験場で
人工交配により生まれた種子が
試験を繰り返して昭和11年に山田錦と命名された。

世界中にファンが増えている日本酒。
山田錦はアメリカでの栽培も
進んでいるらしい。

海のむこうで戦っている日本代表は
スポーツ選手だけではないのだ。


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澁江俊一 19年3月24日放送

MarvinBikolano
ソウルフードの原点

陸羽132号
というお米の名前を
聞いたことがあるだろうか?

日本で初めて
人工交配で生まれた品種で
大正10年に秋田県の
農事試験場陸羽支場で育成された。

寒さに強く、
おいしいけれど病気に弱い「亀の尾4号」と
病気に強い「陸羽20号」を
交配してつくられた陸羽132号。

交配はハサミとピンセットを使った根気のいる作業。
風に邪魔されないよう温室で行うのだが、
真夏の温室はまさに灼熱地獄。
得られた種子はたった2粒だったという。

翌春に見事その種子は発芽し、
品種改良を進めることができた。
昭和6年にはじまる大冷害にも
よく耐えて実りをもたらした。
あの宮沢賢治も陸羽132号をほめたたえたという。

私たちが食べている
コシヒカリもあきたこまちもひとめぼれも
この陸羽132号のいわば子孫である。
偉大な祖先に、感謝。


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澁江俊一 19年3月24日放送

サイトウ
どちらが支配者か

人類にとって
最も価値ある農作物のひとつが、
小麦であることは間違いない。

パンやパスタやピザ
クッキーやケーキなど
大昔から世界中で
食文化の中心を担っている小麦。

人類がここまで繁栄したのも
小麦のおかげ…と言いたいところだが、
人類を奴隷にして繁栄したのは
小麦のほうだという
まったく逆からの視点で語る学者もいる。

小麦はもともと競争力が弱く、
中東のごく限られた地域に自生する草にすぎなかった。
栽培にも手間のかかる小麦が
今や日本の面積の6倍ほども地表を覆っている。

なるほど人類を利用することで
大繁栄を成し遂げたとも言える。
小麦はなかなかしたたかな
植物なのかもしれない。


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澁江俊一 19年2月10日放送


SISU

フィンランドには
SISU(シス)という言葉がある。
日本語であえて言うなら
「大和魂」のような
心のありようを意味する言葉だ。

1939年。隣国ソ連と
冬戦争という過酷な戦争を戦ったフィンランド。
兵力には雲泥の差があり
他国からの支援もほとんどなかったが
マイナス40度という極寒の寒さと
自国の雪と森と湖を味方にしたフィンランド軍は
ソ連軍と勇ましく戦い、独立を守った。
まさにSISUの勝利だった。

とはいえSISUは根性論ではない。
逆境を前向きにとらえる力だ。
冬の寒い湖で泳いだり
雪の日にあえて散歩をしたり
苦手なことにあえてトライしたり
フィンランドならではの
人生の楽しみ方でもあるのだ。


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澁江俊一 19年2月10日放送

VisitLakeland
サウナと日本

フィンランドと日本はよく似ている。
言語も性格も食文化も歴史も似ているのだが
中でも似ているのは
大自然の中で裸になる、あの体験。
そう、日本人が温泉を愛してやまないように、
フィンランド人はサウナを愛している。

日本に銭湯があるように
公衆サウナが町中にあり
日本に露天風呂があるように
湖のほとりにサウナがあるフィンランド。

日本にサウナが広がったきっかけは
1964年の東京オリンピック。
世界中からやってくる選手たちの要望で
選手村にサウナがつくられた。
そこから日本中にサウナが広まった。

フィンランドはサウナ発祥の地。
サウナで汗を流した後に
美しい湖に裸で飛び込む。
あの体験は日本人にとっても
この上ない幸せにちがいない。


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澁江俊一 19年1月20日放送

190120-01
元号の漢字

今年は新たな元号が始まる年。

大化から平成まで
247もの元号が
日本の時代を彩ってきた。

だが元号に使われた漢字は
繰り返しも多く意外に少ない。
その数わずか72文字。

元号にもっとも多く
使われた漢字ベスト3。
2位と3位はともに27回で、
元気の「元」と、天下の「天」。

そして1位は
29回も使われた永遠の「永」。
古の人々も永く変わらぬ平和への願いを
この文字に込めたのか。

「元」「天」「永」
どれも明治以降、使われていない。
さて、次に選ばれる文字は何だろう。


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澁江俊一 19年1月20日放送

190120-02
信長と天正

今年は新たな元号が始まる年。

元号には、
その時代を生きる人々の
想いや願いが込められる。

西暦1573年。
織田信長は足利義昭を追放して
改元を朝廷に働きかけた。
その時いくつかの候補から
選んだといわれる元号は
天下の天に正しいと書いて天正(てんしょう)。

長く続く戦乱の時代に
天下を正そうとした
信長の意志を感じさせる元号である。

およそ20年間続いた天正時代。
しかし信長は天正半ばにして
本能寺の変により世を去る。

天下を正すという
信長の夢は幻となったが、
秀吉、そして家康へ
その意志は見事に受け継がれた。


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