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澁江俊一 20年9月20日放送


最後の記憶

終戦から75年。
長い長い時が過ぎた。

戦場での壮絶な記憶を持つ経験者も、
そう遠くない将来には、
この国から一人もいなくなってしまう。
その瞬間は刻一刻と近づいている。

悲惨な戦争の記憶を
知らないことは幸せなこと。
しかし同時にとても怖いことでもある。

情報が常にアップデートされ、
毎日のニュースにさえも
デマやフェイクが忍び込む時代。

最後の記憶が失われ、
過去の過ちが
再び起こらないようにするために…
今、私たちの未来が試されている。


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澁江俊一 20年9月20日放送

Kevin M. Gill
最後の惑星

豊かな海と緑と大気を持つ
地球のような星は
この宇宙にいくつあるのだろう。

ある研究によれば
地球のある天の川銀河系だけでも
100億個ほど似ている星があるという。

たとえそれが事実だとしても、
100年足らずの寿命しかない我々が
その星にたどり着いて移住し
子孫を繁栄させることは不可能だ。

つまり紛れもなく
この広大な宇宙空間の中で
この地球こそが
生命が幸せに暮らせる
最後の星だ、ということ。

そんな貴重な星にいながら
人類はその大切さに
いつになったら気づくのだろう。


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澁江俊一 20年9月20日放送


最後の能力

火をおこしたり
われた茶碗を直したり
わらじを編んだり
1日に何キロも歩いたり…
江戸時代の人々が
当たり前のように持っていた能力で
今の私たちにできないことは、どれほどあるだろう。
侍たちの知恵を、農民や町人の技を
私たちはいくつ受け継いでいると言えるだろうか。

スマートフォンをなくしただけで
途方に暮れる私たちは、
祖先たちが、石油も電気も
ガスもインターネットもない
長い長い時代を生き延びるために
必要だったスキルのほとんどを、
失ってしまっている。

この先、自分一人では
何もできなくなった人類が
最後に守るべき能力とは、なんだろう。
今日一日、それを考えてみるのも
悪くないはずだ。


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澁江俊一 20年9月20日放送

tokyoform
最後の仕事

プロ野球選手ならば
最後の試合の最後の打席が
ヒットだったか、凡打だったか
調べればちゃんとわかる。
記憶には残らなくても
記録には残るから。

けれどその他大勢の働く人々は、
最後の1日にどんな仕事をしたか、
記録に残ることはほとんどない。

きっと最後の日の仕事に
そう大きな意味はないのだ。
有終の美を飾るのではなく
1日1日を悔いなく働いてきたかどうか。
人生の意味は、そこに隠れている。


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澁江俊一 20年8月16日放送

kontenten
火と死

今日は、送り盆。

お盆という風習が
日本で一般的になったのは
江戸時代だと言われている。

それまでは長い間
僧侶や貴族だけが行う
特別な行事だったお盆だが、
江戸時代に入ると、
ろうそくや提灯が大量生産され
民衆にも定着してゆく。

線香やろうそく、提灯や花火…
儚い炎の灯りは
長い長い間
あの世とこの世をつなぐ
道しるべになっていた。

家でも街中でも
危ないからと炎に触れる機会が
少なくなった現代。
死を想う時間からも
遠くなってしまっているとしたら
それはとても寂しいことだ。


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澁江俊一 20年8月16日放送


サステイナブルな死

今日は、送り盆。

死んだらお墓に入るだけじゃ、
今はない。

多様化の時代、
人生の終わり方にも
様々な選択肢が用意されている。

縄文時代、
人は死ぬと姿形を変化させ、
様々な自然の一部に循環していくと
考えられていた。
鳥や花、木や獣など様々なものに
生まれ変わると。

自然を丁寧に観察することで
縄文人はその事実に気づいていた。
私たちは今、ようやく彼らの死生観に
近づくことができているのかもしれない。


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澁江俊一 20年7月19日放送

Daveybot
見えざる手の原動力

幸せとは何か?
人類は常に、それを考え続けてきた。

圧倒的大部分が
貧困で惨めである社会は、
幸福な社会ではありえない。
と言ったのは「見えざる手」という概念を生んだ
経済学の父、アダム・スミス。

人間はいかに利己的であろうと、
本性の中には、他人の運命に関心を持ち、
他人の幸福をかけがえのないものにする
推進力が含まれている。

この人間の、共感の力こそ
見えざる手の原動力だとスミスは考えた。

未曾有の危機の中で
混迷する世界の経済。
見えざる手は今、私たちを
どこへ導こうとしているのか。


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澁江俊一 20年7月19日放送

Teemu Eskola
厳しさと幸福

幸せとは何か?
人類は常に、それを考え続けてきた。

幸福度ランキングで
3年連続世界1位のフィンランドは、
一年の半分近くを太陽が昇らない寒い冬が占めている。
厳しさこそが幸福の母なのか。

「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう」ジョバンニが云いました。

「僕わからない」カムパネルラがぼんやり云いました。
銀河鉄道の夜では、幸せの答えは無数の星の中に消えていく。


世界を取り巻く厳しい状況は、
私たちがそこから幸せを生み出せるかどうかを
試しているのかもしれない。
答えはない。けれど、ほんとうの幸せはきっとある。
たぶん意外とすぐそばに。


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澁江俊一 20年7月19日放送


お金以上の幸せとは

幸せとは何か?
人類は常に、それを考え続けてきた。

聴く人を幸せな気持ちで包み込む
古典落語の傑作「文七元結(ぶんしちもっとい)」。

娘が父を思い
身売りを覚悟して用立てた五十両もの大金を、
店の売上げ金をなくしてしまい
橋の上から身を投げようとする奉公人の文七に出会って
つい、あげてしまう江戸っ子の人情を描いた
笑いと涙の物語である。

見ず知らずの若者に
かけがえのない娘がつくった五十両をあげてしまう。
常識では「ありえない!」父親の行為が
最後に予想もつかない幸せを連れてくる。

お金は大切。
でもお金以上の幸せも必ずある。
そう信じたい人間の気持ちが、
この噺を、時代を超える傑作にした。


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澁江俊一 20年7月19日放送


おじいさんの馬

幸せとは何か?
人類は常に、それを考え続けてきた。

中国に人生万事塞翁が馬
という故事がある。

塞翁とはお城の近くの
おじいさんという意味だ。
おじいさんの馬が逃げ出して
周りの人が気の毒がるが
おじいさんは気に留めない。
やがてその馬は立派な馬を連れてきた。

しかし今度はその馬から
落ちた息子が足の骨を折ってしまう。
それでもおじいさんは意に介さない。
おかげで戦争に取られることなく
おじいさんと息子は長生きして幸せに暮らす。

幸せとは人生の最後に
ようやくわかる…
そんなものなのかもしれない。


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