2011 年 のアーカイブ

渋谷三紀 11年5月28日放送



ある夫婦のおはなし「和田誠さんと平野レミさん」

一目惚れというものがあるとすれば、
一耳惚れというものがあっても、おかしくはない。

イラストレーターの和田誠さんは、
ラジオから聞こえてきた声の持ち主に、恋をした。
いちども姿も見ないうちに。

何とか約束をとり付け、初めて彼女に会いに行く途中、
「和田さん、どこに行くの?」
と聞かれ、
「僕のお嫁さんになる人に会いに行く。」
と答えたそうだ。

そのお嫁さんこそが、ご存じ料理愛好家の平野レミさん。

ちなみに和田さんは結婚して40年近くたった今でも
奥さんの絵を描いたことがない。

その理由を平野レミさんは笑ってこう答える。

「好きな人の絵は描けないんだって」



ある夫婦のおはなし「伊丹十三さんと宮本信子さん」

「一本でいから、映画を撮ってもらいたいの。」

妻で女優の宮本信子の言葉をきっかけに、
伊丹十三はメガホンをとった。

その後の伊丹映画すべてに主演した宮本。
それまでどちらかといえば脇役の女優だった彼女は、
夫の映画でその才能を大きく開花させた。

「タンポポ」では、寂れたラーメン屋の強くけなげな女主人。
「マルサの女」では、そばかすにおかっぱの憎めない女性。
スクリーンの中の愛くるしい宮本に、日本中が恋をした。

しかし伊丹の演技指導の厳しさはよくしられたところ。
妻だからといって容赦はしない。
いや妻だからこそ余計に容赦はしない。

監督としての厳しさ、夫としての愛情、
それに懸命に応えた女性の歴史は、
日本映画史に残る名作として、愛され続けていくはずだ。



ある夫婦のおはなし「まどみちおさんと奥さん」

まどみちおさんの詩「トンチンカン夫婦」。
そこに描かれているのは、
91歳のまどさん自身と84歳の妻の日常。

左右の靴下を同じ足に履く。
米を入れずに炊飯器のスイッチを入れる。
いわゆる認知症の症状も
まどさんにかかれば、こうだ。

おかげでさくばくたる老夫婦の暮らしに

笑いはたえずこれぞ天の恵みと

図にのって二人ははしゃぎ

夫婦が老いていくことを、
嘆くでもなく美化するでもなく
愛をもって受け入れてしまおうと、
その詩は語りかける。

 明日はまたどんな珍しいトンチンカンを

お恵みいただけるかと胸ふくらませている

厚かましくも天まで仰ぎ見て…



ある夫婦のおはなし「谷川俊太郎さんと佐野洋子さん」

詩人 谷川俊太郎さんと画家 佐野洋子さん夫婦。

「それでも彼を愛していたのよ」

そう前置きをして佐野さんが話すのは、
こんな結婚生活のエピソード。

ある日、谷川さんがこんなことを言って来た。

「僕がキミに書いた手紙、雑誌に載せていい?」

ふたりだけの思い出を世間に公開するなんて。
さすがに佐野さんも驚く。
でもそこは、アーティストどうし。
詩人の彼には、ラブレターもひとつの作品だからと
自分に言い聞かせ、うなづいた。

「いいわよ。じゃ、もって来る。」

谷川さんはさらに言う。

「大丈夫。もうコピーとってあるから。」

あなたが凡人なら、
天才をすべて理解しようと思わないほうがいいし、
あなたがおんななら、
おとこをすべて理解しようと思わないほうがいい。



ある夫婦のおはなし「お龍と松兵衛」

幕末のヒーロー坂本竜馬
そしてその妻お龍

ふたりが夫婦として暮らしたのはわずか3年だった。
龍馬の死後、お龍は35歳で西村松兵衛と再婚し
66歳で死ぬまで松兵衛の妻だった。

松兵衛は呉服の行商人で
龍馬に較べれば当然ながら平凡な男だっただろう。
お龍は晩年酒びたりになり、
竜馬の名をつぶやきながら亡くなったと言われる。

お龍の墓は横須賀の信楽寺(しんぎょうじ)にある。
墓石には「坂本龍馬の妻」と刻まれている。

再婚しても龍馬の妻でいたかったお龍と
その世話をした松兵衛。
これも一途な夫婦のありかたかもしれない。



ある夫婦のおはなし「岡本太郎さんと敏子さん」

いつまでも恋人のような夫婦でいたい。
たとえば、岡本太郎さんと敏子さんみたいに。

ある日、太郎さんが書いた「男女」という文字を見て、
敏子さんが尋ねた。

「やっぱり男が上なのね。」

その言葉に、太郎さんはにっこり笑って答えた。

「そうだよ、いつだって女が支えてるんだ。」

たいていの恋は長く続かないというけれど、
何度も恋してしまう相手となら、
きっとずっと恋していられる。



ある夫婦のおはなし「庵野秀明さんと安野モヨ子さん」

漫画界のWアンノこと、
「エヴァンゲリオン」の庵野秀明、
「働きマン」の安野モヨ子夫婦。

妻の描いたエッセイ漫画「監督不行届」には
人気漫画家どうしのユニークな日常がつづられている。

自他共に認めるオタクの夫は、
大人になった今でも戦隊ヒーローを愛してやまない。

結婚式ではウェディングドレスの妻の横に、
仮面ライダーのコスプレで立ち、
ウルトラマンの「シュワッチ」ポーズを
所かまわずくりかえす。

戸惑いながらも、そんな夫の習性を受け入れ、
自らもオタク的生活を楽しんでしまう妻の姿は、
笑いをこえて、感動をよぶ。
そんな妻に対して、夫はこんなコメントをよせている。

「嫁さんは気丈な女性だと思われてますが
ものすごく繊細で脆い女性なんです。
だから全力で守りたいですね。この先もずっとです。」

地球を救うヒーローにはなれないかもしれないけど、
愛する妻を救うヒーローにはなれそうですね、庵野さん。

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五島のはなし(139)

フェリー太古。
博多から五島へ。

博多から9時間後に見る景色

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五島のはなし(138)

VisionはJwaveの番組と番組をつなぐ1分くらいの番組。
土曜と日曜の夜、毎時54分くらいに流れます。
このブログの左に並んでいる執筆陣が
原稿を書いています。

五島の人たちには聞いてもらえないんだよなあ
と思ってたけど、
考えてみたらradikoがありますね。

radikoでVisionって聞けるのかなあ。
聞けたら、関東以外の人たちにもぜひ聞いてほしいです。
短い番組ですけど
「ためになるー」とか「げんきでるー」とか「いつもきいてるー」
っていう人けっこういるんです。

五島の皆さま、中村直史が radiko.jp について
正しく認識しておらず、申し訳ありません。
すでにご存じの通り、radiko.jpは
その放送局の可聴エリアのみの配信です。
ただ、被災地4県のラジオは全国からお聴きになれます(玉子)

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五島のはなし(137)

「めくる」ってドキドキしますね。
あ、いま、本のページをって思ったか
スカートをって思ったか、
その想像があなた自身ですぞ。

五島で、「めくる対象ナンバーワン」と言ったら、
ダントツ「岩」ですね。磯の岩。

カニだっ!
ギンポの子だっ!
トコブシ!
エビ!

あと、うわ~なんだこれっ!?
っていうのも多い。
「磯の岩めくり隊」っていうグループ売れないかなあ。
売れないだろうなあ。

めくるめく、めくる

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五島のはなし(136)

茶髪の女の子がふたり
キャーとかアハハとかいいながら
海を眺めておりました。

高浜海水浴場

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三國菜恵 11年5月22日放送



生き物のはなし/いとうせいこう

ベランダで、花を育てている。
けれども、うまくいかず
ときには、枯らしてしまうこともある。

クリエイター・いとうせいこうは
そんな失敗を繰り返すひとり。

けれども彼はその失敗を、とても大事に考えている。

園芸は植物を支配することではないのだ。
むしろそれが出来ないことを教えてくれるのである。



生き物のはなし/高村光太郎

作家としてはもちろん、
彫刻家としても数多くの作品を残した
高村光太郎。

彼は、ある生き物のことが
特別好きだった。

それは、セミ。

彫刻のモチーフとして
すばらしい姿をしている
と考えていたようで、

セミを見つけにいくことを
「モデル漁り」、なんて言い方をしていた。

加えて、やかましく聞こえがちなあの声も
高村にとっては愛らしく聞こえていたらしい。

あの一心不乱な恋のよびかけには
同情せずにいられない。

まっすぐなセミの声は、
まっすぐな心をもつ高村に、心地よく聞こえていたようだ。

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三島邦彦 11年5月22日放送



生き物のはなし/コンラート・ローレンツ

卵からかえったひなは、
最初に見た生き物を母親だと思いこむ。

この、「刷り込み」理論の研究などで、
動物行動学をうちたてたノーベル賞学者、コンラート・ローレンツ。

従来の動物学の主流であった解剖による研究とは一線を画し、
生きた動物とともに暮らし、
徹底的に観察することによって、
その行動に隠された法則を発見した。

幼いころから家に様々な動物を引っ張り込んでは
熱心に観察していた彼。

一緒に暮らす両親や妻の忍耐が、
彼の生き生きとした発見を支えていた。
彼はそんな自らの研究生活への
家族の理解に深く感謝し、こう語った。

 ネズミを家の中で放し飼いにして、そいつが家じゅう勝手に走りまわり、
 敷物からきれいなまるい切れはしをくわえだして巣をつくっても
 我慢してくれ、といえる夫は、私のほかにはいそうもない。



生き物のはなし/ファーブル

「哲学者のように思索し、芸術家のように観察し、
詩人のように感覚し表現する偉大なる学者。」
と称えられた昆虫学者、ファーブル。

彼が人生をかけて何度も追加や修正を繰り返した『昆虫記』は、
単なる観察記録に終わらず、世界への発見に満ちている。

晩年、その『昆虫記』の決定版を完成させるにあたり、彼はこう語った。

 昆虫の世界は実にあらゆる種類の思索の糧に富んでいる。
 もしも私が生まれ変わり、また幾度か長い生涯を再び生き得るものとしても、
 私はその興味を汲みつくすことはないであろう。

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中村直史 11年5月22日放送



生き物のはなし/ルドルフ・シェーンハイマー

「私」という存在は何者なのか。
その難題に答えを出そうとしてきたのは
哲学者だけではない。

科学者もまた、
「私」が何者かを探し続けてきた。

その中でも
1930年代に活躍した生物化学者
ルドルフ・シェーンハイマーの研究は
「私」のとらえかたに大きな変革をもたらすものだった。

シェーンハイマーは体の中にとりこまれた食物が、
どのように体の一部となり、
どれくらいの期間とどまり続けるのかを解明した。

その結果、驚くべきことに、
動物の細胞はほんのわずかの期間に
どんどんいれかわっていることがわかった。

つまり、物質的な意味で言えば、
今日の「私」は、数ヵ月後にはもうまったく違う「私」になっている。
シェーンハイマーはこういった。

 生命とは代謝の持続的変化であり、この変化こそが、生命の真の姿である。

私という存在は
言ってみれば、移りゆく粒子のよどみ。
そう聞くと、少し世界が変わってみえませんか。



生き物のはなし/阿部宗明

その魚は、自分につけられた名前に
少しがっかりしているかもしれない。
その名も「ウッカリカサゴ」。

名づけ親と言われているのが、
魚類学者である阿部宗明(あべときはる)。

うっかりすると、カサゴと区別できない。
そして、日本の学者が毎日見慣れたカサゴが
別種だったことをロシアの学者に発表され、
「いやはやうっかりしていた」と、この名前がついた。

ちなみに、カサゴは体の斑点が不明瞭なのに対して
ウッカリカサゴの斑点はくっきりしている。

このつぎ魚屋さんに行ったら
じっくり観察してみませんか?
うっかりしなければ、
きっと見分けることができるはず。

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三島邦彦 11年5月22日放送



生き物のはなし/大根常雄さん

海の命を恵みとして受け取る仕事。それが漁師。
石川県の漁師、大根常雄(おおね つねお)さんは、
無数の生き物たちを抱える能登の海について、こう語る。

 海はちゃんとうめえようになっとる。
 ここは恵まれたいい海よ。
 船を下りても、年寄りはみんな海を見に、毎日きとるわ。

人間もまた、海に育てられる生き物のひとつのようです。

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三國菜恵 11年5月22日放送



生き物のはなし/野毛山動物園の飼育員たち

横浜市にある野毛山動物園には
いっぷう変わった場所がある。
その名も、「しろくまの家」。

名前のとおり
しろくまが暮らしているのか、と思いきや
そこには何の姿もない。

そして入口には、こんな文字。

みなさんもホッキョクグマになったつもりで、
また飼育係になったつもりで探検してみましょう。

そう、ここはかつてしろくまが暮らしていた家。

飼育員さんたちはそこをお客さんに開放して、
自由に見てもらえるようにしたのだ。

しろくまがいたのと同じ場所に立って
景色を眺める人もいれば、写真を撮り合う人もいる。
それはとっても明るい光景。

飼育員さんたちのはからいで
「しろくまの家」は、今も変わらず
お客さんのいい顔であふれている。

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