2015 年 1 月 31 日 のアーカイブ

小林慎一 15年1月31日放送

150131-01
白銀の神様篇

インゲマル・ステンマルク。
アルペンスキーワールドカップ歴代1位の通算86勝。


100分の1秒代の争いになることも珍しくない
スキーレースにおいて
彼は、大回転で4秒09の大差をつけて優勝するという記録を持つ。

スウェーデンの首都ストックホルムから北に1200キロ。
人口600人の小さな村「テナビー」がステンマルクの生まれ育った村だ。
そこにある全長500メートルのちっぽけなゲレンデで
彼はスキーの練習に打ち込んだ。

ステンマルクは
1975年から3シーズン連続で優勝を飾る。
オーストリアやフランスといった
アルペン大国で英才教育を受けたライバル選手達に
「ステンマルクに次ぐ2位は、1位と同じだ」と言わしめた。

彼の履いていたスキー板が、エランという
アルペン大国のメーカでないことも運営側の不評を買い
総合優勝のポイントの計算方法が、彼に不利なように改定されてしまう。

「ルールが改定され、総合優勝できなくなっても、なぜ滑り続けるのか」
とのインタビューにステンマルクはこう答えている。

「子供のころ、砂いじりやトランプに時間を忘れて夢中になったよね。
それと同じことなんだ」


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小林慎一 15年1月31日放送

150131-02 City of Calgary
白銀の爆弾篇

まるで筋肉の固まりが
転がってくるかのような爆発的な滑りで、
「トンバ・ラ・ボンバ」、トンバ爆弾、
と呼ばれたアルベルト・トンバ。

ワールドカップ通算50勝。
カルガリーオリンピックで2つの金メダルを取り、
リレハンメルでは、大回転で史上初の連覇を達成。

女性ファンと気さくにリフトに乗り、
例え不本意なタイムでゴールを切っても観客の声援に応える。
彼は陽気なイタリア男そのものだった。

ニュージーランドワールドカップでのこと。

栄養士による食事管理で腹を空かしていたトンバは、
人口800人の小さな村「メスベン」にひとつだけあるピザ屋に通い
メニューにない、具材を全部トッピングしたピザを、夜な夜な楽しんだ。

そのピザはトンバ・スペシャルと呼ばれ
メスベンで知らないものはいない人気裏メニューとなった。


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小林慎一 15年1月31日放送

150131-03 marfis75
白銀の鉄人篇

ルクセンブルクのマーク・ジラルデリ。
彼は、もともとはオーストリア生まれである。

マークの父親とコーチが指導方法で対立。
ナショナルチームを飛び出し、
オーストリア代表として出場できなくなっため
ルクセンブルクに国籍を移す。

それ以来、親子2人でのワールドカップへの挑戦がはじまり、
1985年から、2シーズン連続で総合優勝を飾る。
試合前、マークが練習をはじめると
イタリアやドイツなどの選手やコーチが集まってくる。
大所帯のナショナルチームが、
一人しか選手のいない国の練習を熱心に見つめた。

ワールドカップ総合優勝5回、通算46勝。
獲得したメダル14個。うち金メダル4個。

そして、この数字も忘れてはいけない。
マークは、何度も大けがを負い、
13回手術を受けたが、そのたびにレースに復活した。


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小林慎一 15年1月31日放送

150131-04 Kevin Pedraja
白銀の奇跡の人篇

最高速度160キロ、アルペンスキー「滑降」。

ノルウエーのアクセル・ルンド・スビンダルは、練習中に転倒し、
顔面骨折に加え、スキー板で身体を深く切る大怪我を負った。

しかし、彼は、事故を起こした
ビーバークリークでの大会で優勝を飾り、
そのシーズンのワールドカップで総合優勝に輝く。

通常、人は1分間に20回まばたきをするが、
スビンダルはレース中は、1分に1回しかまばたきをしない。

また、高速になると、活動しなくなる
位置関係を判断する脳の部分が、
スビンダルの場合、活発に活動していた。
事故と向き合い、恐怖をコントロールしたいと願うことで、
強化された脳を手に入れたのだ。

スビンダルは、こう言う。

「極限の状態を経験することは、
それがよくないことでも、成長するチャンスです。」


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