2015 年 2 月 のアーカイブ

蛭田瑞穂 15年2月22日放送

150222-07
猫と人⑦ウイスキーキャット

世界一ネズミをつかまえたネコとして
ギネスブックに載る猫がいる。

タウザーという名前の雌のメインクーン。
スコットランド最古のウイスキー蒸留所、
「グレンタレット蒸留所」で飼われていた。

原料の穀物を狙うネズミを駆除するための猫、
いわゆるウイスキーキャットである。

ギネスブックが公認するタウザーのネズミ捕獲数は2万8899匹。
23年の生涯で一日あたり約3匹のネズミを捕まえたことになる。

その功績がたたえられ、グレンタレット蒸留所には
現在タウザーの銅像が建てられている。


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蛭田瑞穂 15年2月22日放送

150222-08 Tjarko Busink
猫と人⑧あたり猫とスカ猫

 こういうことを言うと怒る人がいるかもしれないけど
 猫には「あたり」と「スカ」の二種類がある。


猫好きで知られる村上春樹はエッセイの中でこんな持論を述べている。

「あたり」か「スカ」かは、外見や血統からはわからず
飼ってみないとわからないという。
「あたり」にめぐりあう確率はおよそ3.5匹から4匹に1匹。

飼いきれないという理由で獣医に預けられ、
たまたまめぐってきた猫が最高のあたりだったこともあったそうだ。

猫好きのみなさん、あなたの家の猫はどっちだと思いますか?


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小林慎一 15年2月21日放送

150221-01
吾輩は余裕派である

ニュートンからはじまった自然科学の発展は
人の考え方に多くの影響を与えた。

社会学に科学的思考が加えられるようになり
文学の世界では、自然主義文学が生まれた。

自然主義文学を代表する作家、
フランスのエミール・ゾラは、
遺伝や環境を描写することで、
人間の行動を科学的に客観的に描こうとした。

20世紀初め、つまり、明治の終わり頃、
日本の文学界にも、自然主義が入ってきた。

島崎藤村、田山花袋、国木田独歩などが、
日本の自然主義文学の柱を支えた。

ヨーロッパのものはなんでもよいとされていた当時の日本では、
自然主義文学一色になるだろうと誰もが思っていた。

しかし、ある作品が、
自然主義文学に傾く日本文学界にくさびを打った。

この小説は、こうはじまる。

吾輩は猫である。
名前はまだない。

自然主義とは対照的に、
人生を楽しもうという余裕派。
その代表作家になっていく
夏目漱石が書いた最初の小説である。

2月21日は漱石の日



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小林慎一 15年2月21日放送

150221-02 sabamiso
有名な無名猫

名前はまだつけてくれないが、
欲をいっても際限がないから
生涯この教師の家で
無名の猫で終わる積もりだ。

人間の強欲さに半ば呆れていた
「我輩は猫である」の猫の言葉である。
慎ましく達観した姿勢が人間と対照的である。

実際に夏目漱石も猫を飼っていた。
しかも、名前をつけずに、ただ、「猫」と呼んでいた。

しかし、その猫が死んだ時、
漱石は、知人たちに丁寧な死亡通知を出した。

葬の儀は車屋をたのみ蜜柑箱に入れて
裏の庭先にて執行致候。

ただし主人「三四郎」執筆中につき
御会葬には及び不申候(もうさずそうろう)。

そして、卒塔婆には、ただ、猫の墓、と書いた。

2月21日は漱石の日


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小林慎一 15年2月21日放送

150221-03 m-louis
損する脳

損をする性格を調べるある実験が行われた。

提案をする人は受け取る人に、
1000円を自由に分配する権利があり、
2人がその金額に合意しないと1円ももらえないとする。

700円、300円や900円、100円といった
不平等な提案をされた時、

1円ももらえないと分かっていても
それを拒否する人は
怒りっぽい性格かと思われていたが、
そうではなかった。

拒否する傾向にあるのは、
間違ったことが嫌いで、
他人を信頼しやすい人であることが分かった。

親譲りの無鉄砲で、子供のころから損ばかりしていて、
赤シャツのずるさが許せなかった坊っちゃん。

坊ちゃんが損ばかりしているのは、短気だからではなくて、
彼のまっすぐな性格が原因だったことを
脳科学は明らかにしたのであった。

2月21日は漱石の日


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小林慎一 15年2月21日放送

150221-04
漱石の心

夏目漱石の心の病と、
小説の描写との関連を研究している論文が
数多く出されている。

子供への激しい折檻や、
ひどい癇癪については妻「鏡子」の記した
「漱石の思ひ出」の詳しい。

しかし、明治生まれの父親で、職業は小説家。
病気と言えるほどのことだったのかは疑問である。

1915年。漱石は5度目の胃潰瘍で倒れる。
泣き崩れる四女愛子を、鏡子が叱った。
その時、漱石は愛子にこう言った。
「いいよ、いいよ、もう泣いていいよ」
これが漱石最後の言葉だったという。

今日、2月21日は漱石の日。
「ただの夏目なにがしとして暮らしたい」と言って
文学博士号を辞退した日に由来している。

2月21日は漱石の日


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0歳6カ月の育児の話し。

 こどもを育てているおかあさんは、
どれくらいのペースで病院に通っているのでしょうか。
私は育休中、週3ペースで病院に通っておりました。

これが多いのか少ないのかわかりません。
ただ、私は出産するまで病院というものに
まったくお世話になったことのない人だったので、
待合室の雰囲気とか驚異の待ち時間とか
未だに慣れることができず、大変でした…。

大変と言いつつ、なぜ通院するかというと、
まず、3カ月頃から予防接種が始まります。
四種混合(すーさんは三種だったけどいつの間にか増えた)やら、
肺炎球菌やら、えーっと、あといろいろ(適当)と、
3カ月検診、6カ月検診。
これらのマスト通院に加えて、
じろさんは肌が弱いので皮膚科に毎週行きます。
その合い間に風邪をひいたり、胃腸炎をやらかしたり、
思い出したようにすーさん(長男)が体調を崩したり
保育園で何らかの菌をもらって来たりします。

この頃、じろさんは胃腸炎らしきものに感染しました。

とにかく吐くのです。
ただでさえ体重少なめなのに…。

というわけでせっせと通院するのですが。

町の診療所では、0歳の赤ちゃんにできることってあまり無いのです。
刺激の少ない薬(効果も少ない)を処方してもらうくらいで。
あとはおかあさんがおうちで24時間体制の看護をするのみ。
せっせとミルクつくって、吐いて泣くのをあやして(ゲロまみれ親子)、
隙を見て汚物を処理して、たまにうとうとして。
でもなかなか治らない。

するとどうなるかと言うと、
大きな病院に紹介状を書いてくれるわけです。

大きな病院は、ご近所の診療所よりも離れた場所にあるわけで。
弱ってる赤子に加えてミルクやらオムツやらを抱えて
電車移動するわけです(ペーパードライバーなもので)。
じろさんはそこでアレルギーの疑いを指摘されました。
で、小児アレルギー科のあるもっと大きな病院の受診を勧められます。

またもや紹介状!

ちょっと回復してきた赤子とミルクとオムツを抱えて
電車とバスを乗り継ぐこと2時間。
診察とアレルギー検査をしてもらって、
病院の休憩室でミルクを飲ませたりオムツを替えたりして
またもや2時間かけて帰宅です。

かあさんが死にそう!
でも死んでるヒマありません!!

結局、2週間くらいミルクをちょっと飲んでは吐く
をくり返しながらすこしずつすこしずつ良くなりました。

もうね、夜中に吐きまくり泣きまくる赤子を抱きながら
まんじりともせず夜明けを待って病院に駆け込んで、
特になにをするでもなく帰宅。という徒労感。
いや、お医者さんは悪くないんです。
子の病気に対する母の無力感というか。
とてつもない恐怖というか。

赤ちゃんかわいい!と思いつつ、でも早く大きくなれ!と思います。

そしてじろさんは卵と小麦のアレルギーであることが判明。
お前もか!じろ!!
(兄は卵と牛乳アレルギーで2歳まで除去食)

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伊藤健一郎 15年2月15日放送

150215-01
月に立った男たち アラン・シェパード・ジュニア

 長い道のりだった。しかし、我々はここまで来た。

アポロ14号の搭乗員、アラン・シェパード・ジュニアの言葉だ。

ようやくたどり着いた場所。
月面歩行だけでは飽き足らずに、彼はなんとゴルフを始めた。

 月には空気がない。
 風もないからフォローもアゲンストも、
 さらにはフックもスライスもない。
 そのかわり、シャンクも見事なまでにまっすぐ飛んでいく。


第一打がダフリ、第二打はシャンク。
ゴルフとしては、惨憺たる成績だったが、
間違いなく、人類史上に輝くミラクルショットであった。


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伊藤健一郎 15年2月15日放送

150215-02
月に立った男たち バズ・オズドリン

 実は月面に降り立つ直前、
 はしごに足を掛けながら尿パックを満たしていたんだ。


そう語るのは、アポロ11号の搭乗員、バズ・オズドリンだ。
無酸素、無重力、人類未踏の大地に踏み出す瞬間まで、余裕たっぷり。
そんな彼にも、失敗談があるという。

 地球からのお土産を、月に置いてくるミッションがあったんだ。
 世界各国の首相や大統領のメッセージが入ったディスクや、
 ガガーリンのメダル…


任務を思い出したときにはもう、宇宙船に帰還するはしごの上だった。

 戻る時間はなかったから、思いっきり月面めがけて投げたよ。

あらゆる局面下で、柔軟な対応が求められる宇宙飛行士。
彼らの柔軟性は、どんなときでも忘れない自分らしさが生むのだろう。


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伊藤健一郎 15年2月15日放送

150215-03
月に立った男たち アームストロングとコンラッド

 一人の人間にとっては小さな一歩だが、
 人類にとっては偉大な飛躍である。

言わずもがな。アポロ11号の船長、ニール・アームストロングの言葉だ。
では、こんな言葉を、ご存知か?

 ウピー! ニールには小さな一歩だったらしいけど、
 俺にはずいぶん長くかかった一歩だぜ!


アポロ12号の船長、ピート・コンラッドの言葉である。
月へと続くはしごを一段一段ゆっくりと降り、月面に降り立つそのときに、
コンラッドの口を突いて出たのは「ウピー!」
中継するアナウンサーは、その言葉を正確に伝えるたびに、
笑いをこらえられなかったという。

アポロ計画以降も、数々の名言を残してきた宇宙飛行士たち。
だがしかし、はるか月から、地球を抱腹絶倒させたのは、
後にも先にもコンラッドただ一人。


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