2015 年 5 月 30 日 のアーカイブ

東美歩 15年5月30日放送

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下澤理如(まさゆき)① 最初のエピソード

「僕といっしょにギリシャに来てくれませんか」
2004年アテネオリンピック。
野球日本代表監督だった長嶋茂雄が、
口説き落とした男がいる。
日本料理「分とく山」の総料理長・野崎洋光(ひろみつ)。
長嶋茂雄が何度も店へ足を運び、
チームの料理長にと直訴するほど惚れ込んだ男だ。

彼が最も得意とする料理が、
土鍋で炊き上げる、白いご飯。
大の男がひと口で胃袋を掴まれるおいしさだという。

そんな野崎が、
「私の炊き方に似ている」と褒めた、
ただひとつの電気炊飯器がある。
開発したのは、下澤理如(まさゆき)。
「ごはんの神様」と呼ばれた
技術者である。



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東美歩 15年5月30日放送

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下澤理如② 神様と呼ばれる所以

1990年代後半、
下澤理如の炊飯器開発は、大きく遅れをとっていた。
チームの焦りが募るある日、
リーダーの下澤が突然、
カナヅチを手に工場を飛び出した。
彼は工場の脇に小屋をたてると、何日も出てこなかった。

「何をやっているのだ」と同僚がのぞきにいくと、
小屋の中では、大きな釜が火をふいていた。
「釜で炊いたご飯が一番うまい」
下澤はそう言って、炊きたての白米をほおばった。

そう。
彼のライバルは、他社の炊飯器ではなく、
あくまでも釜で炊いたご飯だったのだ。

その後下澤が生み出した電気炊飯器は、
爆発的なヒットを記録する。
「ごはんの神様」
彼のニックネームも、その時、誕生した。



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東美歩 15年5月30日放送

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下澤理如③ 研究への熱意

一台の炊飯器を作るために、
下澤理如が炊く米は、
開発の常識を大きく上回る。
その量、3トン。
一家族が、20年以上かけて食べる米を
開発のたびに費やした。

ホームベーカリー開発においても
その姿勢は変わらなかった。

一般には手に入りづらい米粉ではなく、
家庭にある米をそのまま使ってパンをつくる。
自腹で8台のホームベーカリーを購入し、
毎日3度、パンを焼き続けた。
しかも、下澤は、
直接の開発担当ではなかったのだ。

定年を迎えた後は、
食のコンサルタント企業を設立した。
職場は改装した自宅のキッチン。
下澤の経験と知恵は、
小さな台所で、
今なお膨らみつづけている。


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東美歩 15年5月30日放送

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下澤理如④ 開発エピソード

炊飯器や、ホームベーカリーなど、
数々のヒット家電を開発してきた下澤理如。
家電の街、秋葉原に出向くことは
ほとんどなかったという。

かわりに彼が足を向けたのは、銀座だった。
高級ブランドショップやアート作品を眺め、
流行のレストランを食べ歩いた。

ある日の、ショットバーでのこと。
下澤の前に、黒ビールが運ばれてきた。
粒がそろった、きめ細かくクリーミーな泡が印象的だった。
その秘密は、缶に仕掛けられていた小さな玉。
プルトップを空けると、ビールの中を飛び回り、
泡を発生させていたのだ。

工場に帰るやいなや、
下澤は、炊飯器のふたに、玉を仕掛けてみた。
炊飯器の中で、米がおどりだした。
できあがったご飯は、今までとは比べ物にならないくらい、
ふっくらと炊きあがった。

「だから、僕は銀座に通うんだ」
そして、下澤は、こう付け加えた。
「電気屋を眺めていたって、新しいアイデアは生まれない。
 だって、そこに並んでいる家電は、すでに過去のものじゃないか」



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