2015 年 5 月 24 日 のアーカイブ

熊埜御堂由香 15年5月24日放送

150524-01 changhg
あいさつの話 チベットの挨拶

チベットの一部の地域では
舌をだすという変わった挨拶が交わされている。
自分が悪魔ではない証に、
舌が黒くないことをしめす風習からきている。

日本では無作法とされるが、
どこかチャーミングな舌をだす仕草。
それはチベットのひとが交わす挨拶のように
相手に自分をさらけだす、
そんな無邪気な意思表示を含んでいるからだろう。



topへ

茂木彩海 15年5月24日放送

150524-02 arch-hiroshima
あいさつの話 野村謙二郎、最後の挨拶

入団3年目に一度、その後は優勝と縁がないまま引退した
元広島カープの野村謙二郎。
低迷が続き、客席もまばらだった球場が
自分の引退試合で満員となった。

球場に駆けつけたファンに向かって、野村は最後にこんな挨拶を残している。

 こんなにたくさんお客さんが入ってくれると楽しくないですか、皆さん!
 僕は引退しますが、カープは新しい一歩を踏み出した気がします。
 今日集まっている子供たち! 野球はいいもんだぞ! 野球は楽しいぞ!


未来のカープを担う子供たちにストレートに投げかけた最後の挨拶は、
会場にいた子供たちに届き、その家族に届き、
いまや球場を連日満員にする新生カープの誕生に繋がっている。




topへ

茂木彩海 15年5月24日放送

150524-03 carlota
あいさつの話 フラワーカンパニーズの挨拶の歌

1998年10月、とあるロックバンドが解散の危機を迎えていた。
フラワーカンパニーズ。男4人、名古屋で結成されたバンドだ。

結成後、トントン拍子で東京へ進出。
CDデビューを果たし、人気もそれなりに出ていたが
それなり、故に煮詰まってしまい
バンドのコンセプトも定まらないまま、演奏が悪い、歌詞が悪いと
メンバーの間でお互いの評価を下げ合っていた。

ギスギスした関係の中で迎えた日比谷野外音楽堂でのライブ。

そこで歌われた10枚目のシングル、「元気ですか」。
未来の自分に向かってこんな挨拶を贈る歌だ。

 お元気ですか お元気ですか 未来の俺 未来の君は
 ほがらかですか すこやかですか 未来の風 未来の日々は
 笑ってますか 夢見てますか 未来の俺 未来の君は

ボーカルの鈴木圭介は後のインタビューで
このライブが終わったら解散しようと思っていた、と語っている。

それを思い止めたのは、歌う途中、未来の自分から
「元気ですよ」と小さくとも、確かな挨拶が
聞こえたから、なのかもしれない。



topへ

小野麻利江 15年5月24日放送

150524-04 Stefan Berndtsson
あいさつの話 中村メイコの弔辞

究極の別れの挨拶。
それは、亡くなった人へ手向ける
お葬式での弔辞かもしれない。

その中でも深い感動を残したのが、
1989年に亡くなった美空ひばりに向けた
女優・中村メイコの弔辞。

 あなたに会える、そう思うと
 私はもう死ぬことは怖くありません。
 あなたはそんなプレゼントまで
 私に残してくれました。
 私はもう友達は持たないでしょう。
 あなたが最高だったから。
 待っててね。




topへ

小野麻利江 15年5月24日放送

150524-05
あいさつの話 畑正憲の「しつけ」論

「ムツゴロウさん」の通称で知られる、
動物エッセイストの畑正憲。

さまざまな動物と触れ合うイメージが強い畑だが、
人間のしつけに関しても、厳しくも覚悟に満ちた
独特の視点があった。

かつて彼の子どもが、魚の命をうばって食べることを
嫌がるようになった際、
それを「表面的な生き物好きの精神」だと感じ、
その虚弱さを払拭させるために
家族で北海道に移り住む決意をしたという。

畑自身も、こんな言葉を口にしている。

 私は「しつけ」とは、「押しつけ」だと考えます。
 挨拶をする、お年寄りを敬う、
 他人に迷惑をかけないなど、
 人として生きていく上での原則をしつけるのに、
 論理的な裏づけが必要でしょうか。


親から押しつけられてするようになった挨拶が、
やがて子どもの心の中に深い根をはり、
人格のひとつとなる。

「おはようございます」「こんにちは」
「さようなら」「おやすみなさい」…。
さて、今日までのあなたは
いったい幾つの挨拶で出来ているのだろう。



topへ

薄景子 15年5月24日放送

150524-06 birdfarm
あいさつの話 小津安二郎の「お早よう」

小津安二郎のコメディ映画、「お早よう」。
作品の中で、親から「余計なことを言うな」と叱られた子どもが、
こう反撃するシーンがある。

「大人だってオハヨウ、コンチワ、イイオテンキデスネ、
 余計なこと言っているじゃないか」


子どもは鋭い。
人に会うたび、天気の話をするのは
たしかにどうでもいいことかもしれない。

しかし、このどうでもいいことがなかったら
人と人の関係はどれだけぎくしゃくするだろう。

どうでもいい話は、大人にとって
時に、肝心な話より大切なのだ。

さあ、今日も誰かと天気の話でもしてみるか。




topへ

石橋涼子 15年5月24日放送

150524-07 Okinawa Soba (Rob)
あいさつの話 鈴木健二の挨拶

挨拶という言葉はふたつの漢字でできている。
どちらの漢字も「押す」という意味を持っているが、
もちろん、押し合うだけでは挨拶にならない。

元NHKアナウンサーの鈴木健二氏はこう語る。

 挨拶とはなにか?
 それは、心を開いて相手に迫る
 ということである。


相手に向かって踏み出す前に、
自分の心も開いて準備しよう。



topへ

石橋涼子 15年5月24日放送

150524-08 Akitoshi Iio
あいさつの話 阿久悠のさよなら論

さようならを英語で言うと「see you」
また会いましょうであったり、
「good luck」のように健康や幸運を祈る言葉になる。
世界のほとんどの言語で、
別れには希望や祈りが添えられている。

一方、日本語の「さようなら」は
もともとは「さようであるならば」であり、
ありのままを受け入れるという意味になる。
別れの事実だけを静かに受け止める言葉なのだ。

作詞家の阿久悠は「さようなら」を使う人が減っている、
つまり別れを自覚する人が減っていると嘆いた。

彼は言う。

 人生の中で、別れということに無自覚なら、
 感性をヒリヒリ磨くことも、感傷をジワッとひろげることも、
 それに耐えることも出来ない。
 なぜ、さよならを言わなくなったのであろうか。

 人間はたぶん、さよなら史がどれくらいぶ厚いかによって、
 いい人生かどうか決まる。



あなたが「またね」でも「お元気で」でもなく、
純粋な「さようなら」を最後に言ったのは
いつだろうか。



topへ