2018 年 7 月 8 日 のアーカイブ

佐藤日登美 18年7月8日放送

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平成の夏 100回目の高校野球

日本の夏の風物詩、高校野球。
平成最後の夏である今年は、なんと100回目の開催。
記念大会ということもあり、
過去最多の56校が出場予定だ。

それに合わせ、
優勝校に手渡される「深紅の大優勝旗」が新調された。
実に60年ぶり、3代目の旗となる。
デザインは変わらず、
真っ赤な布地に「優勝」の二文字と、月桂樹。
京都の老舗旗専門店、西岡旗製造が丹精込めて制作した。

平成最後の夏にして、100回目の高校野球。
真新しい優勝旗を手に入れるのは、どの学校か。


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佐藤日登美 18年7月8日放送

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平成の夏 青春18きっぷ

平成最後の夏休み。
海外旅行もいいけれど、
電車に揺られながらの国内旅行も捨てがたい。

そんなとき使いたいのが、青春18きっぷ。
JRの普通列車と快速列車であれば、一日乗り放題。
それが5回分ついて、11,850円。
うまく乗り継げば、朝いちで東京を出発すると
北は青森、南は福岡まで辿りつけるとか。

学生をイメージした「青春」と、
その象徴的な年齢「18」を掛け合わせたのが名前の由来だが、
何歳であっても使えるのがいいところ。

そう、青春に年齢制限はない。
きっぷ片手に、ちょっと冒険してみる夏もいいかもしれない。


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佐藤日登美 18年7月8日放送

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平成の夏 日本一暑い場所

日本で一番暑い場所。どこだと思いますか?
暑いことで有名な、埼玉県熊谷市。
と思いきや、実は高知県の江川崎という町。

2013年8月12日に41.0℃を記録し、
それまで同率1位だった熊谷市と岐阜県多治見市の
40.9℃を上回る数字を叩き出しました。
どちらも40℃以上なんて、
ちょっと頭がくらくらしてしまいそう。

さあ、平成最後の夏。
この気温を上回る場所は出るんでしょうか。


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蛭田瑞穂 18年7月8日放送

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平成の夏 梅雨明け

先月、6月29日、気象庁は関東甲信地方の梅雨明けを発表した。

関東甲信地方が6月に梅雨明けするのは、
統計を取り始めた1951年以降初めてのことだという。

今年の夏は平成最後の夏。

「平成最後の夏」というハッシュタグがネット上を賑わせ、
たくさんの人が夏の訪れを心待ちにしていた。
そんな気持ちを察して、夏がひと足早く来てくれたのかもしれない。


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蛭田瑞穂 18年7月8日放送

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平成の夏 夏休み

日本でインターネットが一般的になり始めたのは、
windows95が発売された平成7年からといわれている。
また、携帯電話が急激に普及し始めたのは平成8年から。

つまり、平成になったばかりの頃の夏休みといえば、
帰省でも海外旅行でもひとたび休暇に入ってしまえば、
連絡の取りようがなかった。

平成最後の夏は平成最初の夏のように、
からっぽの休みを満喫してみたい。


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森由里佳 18年7月8日放送

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平成の夏 夏のひばり

春を告げる鳥として親しまれる、ひばり。
空高くまで舞いあがり、美しくさえずるその鳥は、
歌手としての人生を全うしたある女性の名前の由来となった。

美空ひばり。

日本中から愛された歌姫が亡くなったのは、1989年のこと。
平成最初の夏だった。


あれからもう、30年。


いつのまにか、平成最後の夏が来た。
春を告げ終えたひばりは今もきっと、
どこか遠い空のむこうでさえずっているに違いない。


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森由里佳 18年7月8日放送

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平成の夏 乾杯!

その工場で造られるビールはたいへん愛され、
のちに、ビールの名前が工場のある町の名前に
さらに山手線の駅の名前にまでなってしまった。

1988年。昭和最後の夏に工場は閉鎖されたが
その跡地は多くの人が集まる複合施設になった。

東京・恵比寿。
今も多くの人がのどを鳴らして夏を楽しむ賑やかな街。
昭和が終わっても、平成がはじまっても、
高らかな乾杯の音はこの街に響き続けた。

さあ、キンキンに冷やしたビールで乾杯しようじゃないか。
平成最後のこの夏に。そして、その先にやってくる新しい時代に!


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森由里佳 18年7月8日放送

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平成の夏 青い夏

熱気に包まれた夏のロシアからの中継が、
日本中をゆさぶった。

コロンビア、セネガル、ポーランド。
そしてベルギー。
並み居るライバルを前に、
日本中が日本代表と一緒になって、
夢中でピッチを駆けた夏。

ベルギー戦の中継の最後、
実況が残したことばは、
このワールドカップの全てを物語っている。

“なんと幸せな時間だったことでしょう”
 
平成最後の夏のはじまりを、
すがすがしいサムライブル―に染めてくれた選手の姿を
私たちはきっと忘れない。


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