2019 年 8 月 17 日 のアーカイブ

長谷川智子 19年8月17日放送


里帰り

去年の今日、
首都圏へ向かう高速道路は大渋滞だった。
お盆に帰省した人たちのUターンラッシュだ。

ところで、「お盆に里帰り」という言葉を
よく聞くようになった。
もともと「里帰り」は
もとは、女性が結婚後はじめて実家に帰ることをさした言葉だが、
近ごろではお盆や年末年始の帰省も
里帰りと呼ぶらしい。

今年は帰省した人の12%が
今日のUターンを予定しているそうだ。


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長谷川智子 19年8月17日放送


伊藤若冲の里帰り

「30年が一日のように過ぎた」
江戸時代の絵師、伊藤若冲はその後半生を絵にささげた。

若冲は絵師になりたいがために
40歳で家督を弟に譲ってしまった。
死後の供養のことまで算段しているのを見ると
実家との交わりは薄かったのかもしれない。

世界でも高く評価される伊藤若冲。
海外に渡った作品のうち90点あまりが、
この秋、日本(の出光美術館)に里帰りする。

しかし。若冲のふるさとは、
絵の中にこそあるのかもしれない。


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長谷川智子 19年8月17日放送


大黒屋光太夫の里帰り

「優曇華(うどんげ)の花」
3000年に一度咲くという伝説の花。

この花にたとえられるほど、困難な里帰りがあった。

江戸末、伊勢から船出した大黒屋光太夫一行は、
嵐のためロシアへ流れつく。
帰国願いが女王エカテリーナ2世に認められ、
やっと北海道まで帰ってくるまでが10年。
無事に帰国できたのは16人中わずか3人だった。

まさに優曇華の花。

光太夫がふるさと伊勢に里帰りするまで、
さらに10年の月日を要する。


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長谷川智子 19年8月17日放送


江戸の子守歌

「江戸の子守歌」は
今から約250年前、江戸の町で歌われはじめた。
作詞、作曲は不明。

「坊やのお守りは どこへいった
  あの山超えて 里へ行った」


お盆の薮入りの日なのだろうか、
子守の娘を里に返し
母親みずから子供を寝かしつける様子がうかがえる。

この歌はテレビもネットもないこの時代に、
日本初の流行歌となって日本中にひろまった。


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長谷川智子 19年8月17日放送


峠の我が家

「峠の我が家」のメロディを聴いて
私たちが思い描くのは
小さな家が建つ山間のふるさと。

しかし、この歌のふるさとはアメリカ・カンザス州。
空晴れわたる大地に、
バッファローやシカがたわむれる大平原が歌われ
山や峠は全くない。

Home, home on the range
Where the deer and the antelope play

ふるさとを思う心は同じでも、目に浮かぶ景色はそれぞれ。

作詞家中山知子が「峠のわが家」と訳したことで、
日本人のふるさとの歌になった。


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