佐藤延夫 19年12月1日放送


映画の日 シネ・ヴィヴァン・六本木

六本木ヒルズが建つよりも前、
その場所には、前衛的な映画館があった。
シネ・ヴィヴァン・六本木。
六本木交差点から麻布警察を過ぎ、
WAVEの個性的なビルにある
地下に向かう階段へ。
薄暗いステップを降りていくと、
そこには、ゴダールやタルコフスキーが待っていた。
青春の象徴みたいな映画館は、
惜しまれながら1999年に閉館した。

今日12月1日は、映画の日。
あの日。
あの人と。
あのシアターで見た映画は、
思い出の中から消えることはない。永遠に。



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名雪祐平 19年11月30日放送


水があふれる  ヤマタノオロチ

それはそれは大きな蛇がいた。

八つの頭、
八つの尾っぽ、
赤い目玉。

日本神話に登場する巨大生物、
ヤマタノオロチ(八岐大蛇)。

いま出雲地方を流れる斐伊川こそ、
ヤマタノオロチと伝わる。

古来より大洪水をくりかえし、
暴れ狂う様子が大蛇に例えられ、
神話となった。

川は蛇。
そして、あなたの家にも忍び込んでいる。

ほら、蛇口。



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名雪祐平 19年11月30日放送


水があふれる  禹王

いま日本で、
ある記念碑がつぎつぎ見つかっている。

禹王の碑。

禹王とは、紀元前2100年頃の
中国の皇帝であり、
大洪水をふせいだ英雄。

泥の中を這いずり回って
脛の毛がすべて抜けるほど
治水に苦心したと伝わる。

その禹王の史跡が、
いま日本全国に124か所。
どれもが洪水のあった
暴れ川のそばに立つ。



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名雪祐平 19年11月30日放送

© 国土画像情報
水があふれる  信玄堤

武田信玄の旗には、風林火山。
その四文字に、水はないが。

今年襲った猛烈な台風19号から
甲府盆地西部を守ったのは、
450年前に信玄が築いた「信玄堤」だった。

信玄堤は、あえて堤防に
隙間を造るという逆転の発想。

じわっと水をあふれさせ、
台風が過ぎ去れば
再び隙間から川に戻っていく。

信玄は知っていた。
この世に決壊しない堤防などない。
人間は、自然の力を
完璧に抑え込めるはずがないことを。



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名雪祐平 19年11月30日放送


水があふれる  腹が減っては

田んぼがほしい。

戦に出かける
兵に食べさせる米を作る
田んぼがほしい。

田んぼには、水がいる。

こうやって、日本の土木技術は
戦国時代に飛躍的に進んだ。

なかでも加藤清正は
「土木の神様」といわれるほど。

田んぼに水を引くための
堰や用水路を数多く整備。

阿蘇山からの水は、
田んぼから地下に浸透し、
良質な地下水を育んだ。

いまでも熊本市民の水源は
100%地下水でまかなわれている。



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名雪祐平 19年11月30日放送

tokyoform
水があふれる  水戦争

牛丼一杯つくるために
使う水の量は?

2400リットル。

牛の飼育から、米・玉ねぎの収穫、
原材料製造、調理まで、
お風呂の湯船10杯ほどの水がなければ
牛丼も食べられない。

水不足。
石油のように、いつか水の利権を奪い合う
戦争になるかもしれない。

日本は、じつは牛丼のように
仮想される水の輸入大国。

きょうも、世界中の水を飲んでいる、
あなた。



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小野麻利江 19年11月24日放送


紅葉のはなし 紅葉狩りの由来

秋の終わり。
紅葉(こうよう)を見に出かけることを
「紅葉(もみじ)狩り」と言うのを、
聞いたことはありませんか。

これは、平安貴族が紅葉(こうよう)を見に行く時、
「狩りに行く」と、
同じく”山に入る行為”と掛けて
洒落で言ったのが、由来の一つだそう。

かつては、春のお花見を
「桜狩り」と言うこともあったそう。
でも今ではあまり使われず、
秋の風物詩だけに残る、
「狩り」という言葉。

秋の終わり。
落ちた紅葉(もみじ)を手にとって
狩りの成果を自慢し合ってみるのも、
乙なものかもしれません。



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薄景子 19年11月24日放送

©︎ Catarina Sousa
紅葉のはなし もみじの由来

秋の紅葉を代表するのが「もみじ」。
その語源は「もみつ」という言葉に由来するという。

「もみつ」には、「揉む」「揉みだす」といった意味がある。
木々が色づくということは、秋の寒さや霜によって
緑の葉が、赤や黄色の色を「揉みだす」と考えられていた。

「揉みだす」という感覚は、
古来から伝わる「草木染」に通ずる。
自然の草木の染料を浸した桶の中で
白い布を揉んで色を定着させるのが草木染。
この布にあたるのが木々の葉で、
赤や黄色の染物として仕上がったのが紅葉、
揉み出したのは山の神々だろうか。

令和初の紅葉も、そろそろ見納め。
一面に色づいたもみじが
山の神々の芸術作品だと考えると
美しい紅葉がますます神々しく思えてくる。



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熊埜御堂由香 19年11月24日放送


紅葉のはなし 日野原先生と葉っぱのフレディ

1982年にアメリカの哲学者、
レオ・バスカーリアが書いた童話、葉っぱのフレディ。
春に生まれた葉が、冬に枯れゆき、土に還り、
また新しい葉っぱを生むというストーリーだ。
日本では、2000年に医学博士の日野原重明さんが、
ミュージカルにしたことで、絵本を越えて親しまれるようになった。

日野原先生が、編集者に絵本の舞台化を提案すると、
「では、先生が脚本を書いてください」と言われた。
その言葉を受けて、ご自身が脚本を書いた。
89歳の時のことだ。

秋になって、色どりどりに紅葉した自分や、
仲間をみて、葉っぱのフレディは問う。
いっしょに生まれた同じ木の同じ枝の同じ葉っぱなのに、
どうして違う色になるの?
親友のダニエルが答える。
今まで受けてきた太陽、風、月の光、星明かり、
なにひとつ同じ経験はないからさ。

医師として数々の命を見つめてきた日野原先生が紡ぎ直した
ミュージカル版は、多くの感動を呼びブロードウェイでも上演された。
日野原先生は、その後、105歳で亡くなるまで、命について発信を続けた。
はらりと地に落ちた紅葉する葉を、手にする。
その色に、心を奪われるのは、命の輝きが込められているからだ。



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若杉茜 19年11月24日放送


紅葉のはなし 尾崎紅葉

紅葉は世界中で愛される美しい風景だが、
紅葉やその地を愛するあまり自分の名前も紅葉にしてしまおう−−−−
という人はそういないだろう。

明治期に活躍した文豪・尾崎紅葉は、その奇特な人物だ。
東京・港区の芝に生まれ、
生まれ故郷にある増上寺の紅葉山にちなんで
ペンネームを紅葉とした。当時そこには紅葉館という料亭があり、
そこで紅葉は他の文豪たちとの親交を深めたという。
紅葉館は東京大空襲で焼失し、
その跡地には、赤い東京タワーが建っている。



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