70回目の五島のはなしなので、
そろそろ
「で、五島っていったいどこにあるのか」
について書いてもいいかなあ
なんて思いました。
みんな知らないんですよ、ほんと。
日本の地図を見ながら10人で話していて、
ぼくが五島列島出身と言うと、
3人は「五島列島?・・・聞いたことない」で、
3人は「沖縄の方の島だよね」で、
2人は「バカ違うよ」って言って対馬のとこを指さして、
1人は「ごめんねみんな無知で」って平戸あたりを指さし、
残りの1人が「たぶん」と言いながら正解の場所を指し示す。
そんな感じです。
そういうわけで
がんばって地図書いてみました。

2009 年 12 月 のアーカイブ
五島のはなし(70)
中村直史 09年12月06日放送
ジュール・ヴェルヌ
未来ニュースです。
世界のCO2排出量が産業革命以前のレベルに戻りました。
未来ニュースです。
貧困のために命を落とす子どもの数がゼロになりました。
未来ニュースです。
世界で最後のひとつとなっていた戦争がついに終わりました。
・・・そんな都合のいい未来なんて来るはずがないでしょ。
そう思った方に。
19世紀のSF作家、
ジュール・ヴェルヌが残した言葉を送ります。
人間が想像できることは、必ず人間が実現できる。
「林家彦六」
「笑いとは視点のずれである」
と言った人がいた。
なるほど
うまいことを言う。
そしてあの人のことを思い出した。
落語家、林家彦六(はやしや ひころく)。
生涯現役をモットーに
80を超えても
精力的に高座に上がった。
こころもとない語り口に
客も楽屋の仲間たちも引き込まれた。
ある日の彦六師匠。
「なんでモチはくさるんですかね」
という何気ない弟子の質問に
ボソリと答えた。
ばかやろお、早く食わねえからだ。
ほんとだ。
笑いとは視点のズレである。
「フルトヴェングラー」
ひとりひとり違う人の出す音が
重なって、
ひとつになって、
それってすごいと思わない?
オーケストラの素晴らしさを
わかってほしくて
熱く語ったら、
その相手はポカンとしていた。
感動とは人間の中にではなく、人と人の間にあるものだ。
20世紀の偉大なる指揮者
フルトヴェングラーの言葉を引き合いに出しても
その人はまだポカンとしていた。
しょうがないからオーケストラを
見に連れて行ったら、演奏後
きみの言ってたことはまだわからないけど、音楽が素敵なことはわかった。
とその人は言った。
あなたもコンサートホールに出かけてみませんか。
うまく言えないのが残念ですが、いいものですよ。
「アントニオ猪木」
燃える闘魂。
そんな形容詞をもつ
男のこと。
ビジネスで取り扱うものにも
アントニオ猪木らしさが貫かれている。
刺激的な辛さの調味料「タバスコ」。
じつは、猪木の会社が
輸入代理店を務めたことで
日本中に知れ渡った。
私をミスタータバスコと呼んでください。
そう言われてみれば。
頬に張り手をされながら
「ゲンキデスカー」
と問われているような味覚。
・・・と言えなくもない。
「フンデルトヴァッサー」
なにかを きらうことは
なにかを あいすることの
うらがえし
日本語で「百の水」 という 意味の名をもつ
オーストリアの芸術家
フンデルトヴァッサー
「ちょくせん」が だいきらいだった
なぜなら 彼が あいする自然
のなかに けっして存在しないものだから
直線は神への冒涜であり 不道徳である
じじつ
かれの描いた絵も つくった建物も
こどもがひいたような線に あふれ
いろんな いろたちが
おどっている
死ぬまで ずっと しぜんのいちぶで ありつづけた
フンデルトヴァッサーに
ありったけの敬意を表して
直線的ではない読み方
で
お送りしてみました。
「三遊亭圓朝」
ある時、
落語の国に住まわれる、
落語の神様がこう言った。
「このままでは落語が絶滅だ、
ちょっくら地上に行ってなんとかしてくるか」
そうして
明治の日本に降り立った一人の男。
落語家、三遊亭圓朝(さんゆうてい えんちょう)のことを思うと
そんな想像をしてしまう。
「芝浜」「死神」「牡丹燈籠」「四谷怪談」・・・
100年以上も
人をとりこにする
名作中の名作たち。
その多くを、即興でつくったなんて。
やはり人間わざとは思えない。
「林房雄」
もし、あなたのご主人が
あなたをほっぽらかしにして
魚釣りばかり行ってるとしたら。
そして、そんなご主人のことを
理解できずにいるとしたら。
小説家、林房雄(はやし ふさお)が残した
言葉をぜひ知ってほしいと思います。
釣り師は 心に傷があるから釣りに行く。
しかし、彼はそれを知らないでいる。
妻よ、
聞こえましたか。
来週末も行かせてください。
五島のはなし(69)
人ごみの中でもぱっと見つけてしまうように、
五島列島という言葉は
どんなにたくさんの文字に埋もれていても
目に付いてしまいます。
東京の三越劇場で幕を開ける
劇団民藝の舞台「神戸北ホテル」。
この主人公の女性、
大関うらら(奈良岡朋子さんが演じています)は、
五島列島福江島の出身という設定なんだそうです!

神戸北ホテル(ちらし)
いいですねっ。
すべてのドラマの主人公の出身地は
もう五島ってことにしてほしいですね。
ヒロインの生まれる島、五島。
ちなみにこの「神戸北ホテル」のストーリーですが。
主人公・大関うららは、
戦時中五島で発行されたていた(らしい)
「五島民友新聞」に、とある川柳を見つけ、
その作者に会うために、
五島から遠く離れた神戸に旅立つというものだとか。
ちなみに役者の奈良橋朋子さんが、
戦時中に発行されていた「五島民友新聞」を
お持ちの方がいたら連絡ください!
と書いていました。
どなたかお持ちでしたら、
ぜひ
keijiban@shinchosha.co.jp
までメールしてあげてください。
佐藤延夫 09年12月05日放送
「モーツァルトが遺したもの/東山魁夷(ひがしやまかいい)」
昭和を代表する画家、東山魁夷の作品「緑響く」。
そこに描かれているのは、
信州、奥蓼科にある御射鹿池(みしゃかいけ)の風景。
キャンバスを埋め尽くす緑の山々は水面に映り込み、
白い馬が一頭、ためらいがちに、ゆっくり歩を進める。
東山魁夷は、
モーツァルトのピアノ協奏曲ケッヘル488番第2楽章を聴いて
この情景が浮かんだそうだ。
森林は、オーケストラ。
白馬は、ピアノの旋律。
この世には、見て感動できるモーツァルトも遺されている。
今日、12月5日は、
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが亡くなった日。
「モーツァルトが遺したもの/谷川俊太郎」
詩人、谷川俊太郎の作品「ふたつのロンド」は、
自身の思い出話から始まる。
六十年生きてきた間にずいぶんピアノを聴いた
古風な折り畳み式の燭台のついた母のピアノが最初だった
浴衣を着て夏の夜 母はモーツァルトを弾いた
ケッヘル四百八十五番のロンド ニ長調
子どもが笑いながら自分の影法師を追っかけているような旋律
ぼくの幸せの原形
彼が詩の中に込めたもの。
それは、音楽がもたらす幸せにひそむ寂しさと、死だった。
優雅さの中に、悲しみがある。
だから私たちは、モーツァルトの曲を聴くのかもしれない。
今日、12月5日は、モーツァルトが亡くなった日。
「モーツァルトが遺したもの/中原中也」
僕はもうバッハにもモーツアルトにも倦果てた。(あきはてた)
詩人、中原中也の作品「いのちの声」が発表されたのは、結婚した翌年のこと。
恋人の長谷川泰子とは、とうの昔に別れ、違う女性と一緒になっていた。
中也がモーツァルトを聴いていた、というのは有名なエピソードだが、
ある頃から、陽気な音楽にはもう飽きたよ、と漏らしていたそうだ。
長谷川泰子と別れた小林秀雄もまた、
モーツァルトの弦楽五重奏曲ト短調を聴いて、
「かなしさは疾走する」と評した。
モーツァルトの曲は、昔の恋を思い出させる魔法。
そんなふうに思えてしまう。
今日、12月5日は、モーツァルトが亡くなった日。
「モーツァルトが遺したもの/立原正秋(たちはらまさあき)」
鎌倉から江ノ電に乗り
20分ほど揺られると、
腰越(こしごえ)駅に辿り着く。
ここは、作家、立原正秋が暮らした小さな街。
魚屋の店先を覗くのが、彼の日課だった。
鵠沼海岸に越したのちも
四季折々の魚を愛し、こんな文章を残した。
ある朝十時に起きて酒をのんでいたら、
モーツァルトのピアノ協奏曲ニ短調がきこえてきた。
私は前夜の残りの鮟鱇を肴に酒を酌みながら、
モーツァルトと鮟鱇はよく合う、と思った。
この冬、鮟鱇とモーツァルトの相性を試してみるのも良さそうだ。
今日、12月5日は、モーツァルトが亡くなった日。
「モーツァルトが遺したもの/アカデミー賞」
奇妙な笑い方をする、荒唐無稽なモーツァルト。
彼の才能を嫉む宮廷音楽家サリエリ。
この二人の人間模様を描いた映画「アマデウス」は、
第57回アカデミー賞のタイトルを8部門受賞した。
主演男優賞にノミネートされたのは、
モーツァルト役のトム・ハルスと
サリエリ役のフランク・マーリー・エイブラハム。
その栄冠に輝いたのは、
映画の中で、悔しそうな表情ばかり浮かべていた、
エイブラハムのほうだった。
モーツァルトを毒殺した疑いがかけられ、
悪役に仕立てられたサリエリも
このときばかりは、晴れやかな笑顔を見せた。
さてモーツァルト本人は、草葉の陰で何を思うやら。
1791年の今日、12月5日は、
モーツァルトが亡くなった日。
「モーツァルトが遺したもの/ラウル・デュフィ」
20世紀に活躍したフランスの画家、ラウル・デュフィは語る。
私の眼は醜いものを消し去るようにできている
デュフィは、生涯にわたりモーツァルトを敬い、
彼をモチーフにした十数枚の絵を残している。
色彩豊かに描かれたデュフィの作品は、
美しく、また、奥深い。
モーツァルトの遺産は、パリで静かに眠っている。
今日、12月5日は、モーツァルトが亡くなった日。
五島のはなし(68)
今朝出勤のため、
最寄駅まで歩いていた時のことです。
向こうからやってきた、50歳くらいの
自転車に乗ったあやしい感じのオジサンが
すれ違いざまに、ぼくに向かって
「かわいいっ!」と言ったのです。
まわりを見渡しましたが
ぼく以外に人はいませんでしたし、
かわいらしい物も見当たりません。
大きなマスクをしたおっさんだったので
表情まではわかりませんでしたが、
たしかに、はっきりと、「かわいいっ!」って言った。
そーかー、おれ、かわいいのかー。
たぶん赤ちゃんのとき以来でしょう。
人様に面と向かってかわいいと言われたのは。
うれしいですね。
生きていく勇気がわきます。
言ってくれたの、
あやしいおっさんでしたけど。
五島のお父さん、お母さん、ありがとう。
あなたたちのDNAを受け継いだ息子は今日、
都会の知らないおっさんから
「かわいいっ」って言われましたよ!
五島のはなし(67)
僕はあらかぶが好きだ。
好きだ好きだ大好きだ。
・・・という私のあらかぶという魚への偏愛は
(あ、一人称をどうするか問題はめんどくさいのでもうやめたっ)
以前にも書きましたが、
この週末もあらかぶに会いたくて
千葉まで釣りに行きました。
・・・これが釣れないのなんの。
釣れない日は、神が人生について考える時間をくれたと思え。
- ヘミングウェイ
いやいやいや、
人生についてもう考えたくないから釣りに行ってるんです。
だから神様そういう時間じゃなくて魚をお与えになってください。
やっぱり今はあらかぶの季節じゃないのかなあ。
季節といえば、
五島ではそろそろ「クロ」の季節。
一般的には「メジナ」と呼ばれる魚です。
冬のクロは脂が乗っていてうまい。
皮と身の間にはうまみがつまっているから、
刺身も皮つきで食べます。
あと水炊きもうまい。
五島のクロの中でも、
とくにうまいとされるのが
高崎地区でとれたクロ。
最近はちょっとしたブランド品と聞きます。
高崎には伝統の追い込み漁というのがあって、
(実際に漁を見たことないのでここからは想像)
高台のやぐらの上から海の様子を見て
メジナの群れが湾に入ってくると
町中に「おーい、きたどー」的な声をかけ、
エンヤコーラと舟を漕ぎだし網で囲いこむ。たぶんそんな漁。
高崎の海とやぐらの様子は
下の写真の通りです。
いつものごとく、
キュート姉妹のお姉さんの方が撮影して
送ってきてくれました。感謝!

高崎地区のやぐら。

やぐらの下にはこういう海が広がる。






















