2013 年 3 月 23 日 のアーカイブ

蛭田瑞穂 13年3月23日放送


黒澤明と七人の侍①

1990年3月26日、映画界に対する長年の功績を讃え、
黒澤明にアカデミー名誉賞が贈られた。

カリフォルニアの会場には日本からの中継映像も映され、
ふたつの「おめでとう」のメッセージが届けられた。

ひとつはアカデミー名誉賞に。もうひとつは誕生日に。
黒澤はその3日前の3月23日に
80歳の誕生日を迎えたばかりだった。

セレモニーの最後、黒澤はスピーチをこう切り出した。

わたしがこの賞に値するかどうか少し心配です。
なぜなら、私はまだ映画がわかっていない。

そんな巨匠の言葉に、会場はあたたかな拍手に包まれた。

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蛭田瑞穂 13年3月23日放送


黒澤明と七人の侍②

映画「七人の侍」。
黒澤は本物の時代劇をつくるという信念のもと、
徹底的にリアリズムを追求した。
撮影場所もそのひとつだった。

戦国時代の農村にふさわしい場所を探して
黒澤は3カ月に渡って全国を駆け巡り、
最終的に伊豆を撮影場所に定めた。

さらに、村の東は堀切、西は御殿場、
北の森は箱根、中心部は東京のスタジオと、
村を複数の場所に分けて、別々に撮影をおこなった。

わずか数十戸の小さな農村を描くために
そこまで労力をかける。その執念が黒澤である。




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蛭田瑞穂 13年3月23日放送


黒澤明と七人の侍③

映画「七人の侍」。
農民を演じたのはすべて、名もないエキストラたちだった。

黒澤は農民ひとりひとりの名前、年齢、家族構成を決め、
どんな家に住んでいるか、間取りまで細かく設定した。
そして撮影中はつねに家族単位で行動するように指示した。

やがて彼らは本物の家族同様に振る舞うようになった。
演技ではない生身の人間の姿が
「七人の侍」に限りないリアリティをもたらした。

黒澤は語る。

 あまり誰にも言われませんが、
 あの作品の功労者は村の連中なんです。
 全員が自然と村人の気持ちになっていましたからね。


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蛭田瑞穂 13年3月23日放送


黒澤明と七人の侍④

映画「七人の侍」。
撮影開始から7カ月後、撮影中止の命令が
映画会社の上層部から下された。

撮影は当初の予定から5カ月も遅れ、
その分予算は大きく膨れ上がっていた。

会社に詰め寄られた黒澤は
それまでに撮影したフィルムをつなぎ、
試写をおこなうことになった。

試写が始まると間もなく
上層部たちはスクリーンに引き込まれた。
そして物語がクライマックスを迎えようとした場面で、
突然フィルムが途切れた。

「続きはどうした」。
騒然となる上層部に対して、黒澤は答えた。

 ここから先はひとつも撮ってません。

撮影中止の命令は間もなく取り下げられ、
撮影は再開されることになった。


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蛭田瑞穂 13年3月23日放送


黒澤明と七人の侍⑤

映画「七人の侍」。
美術助手を務めた村木与四郎は黒澤明から
当時の家の生活感を完全に表現することを命じられた。

村木たち大道具係は古い家屋の資料を集め、
研究を重ねた結果、
「焼き板」という加工法を考案した。

板の表面を焼き、炭を鉄のブラシでこすって落とす。
そこに泥絵具を塗り、ワックスを書けたのちに
さらにタワシで磨く。こうして戦国時代の家そのままの、
古びた色合いと質感が生まれた。

ないものはつくるしかない。
そんな創造の魂が、黒澤映画の細部にまで宿っている。


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蛭田瑞穂 13年3月23日放送


黒澤明と七人の侍⑥

映画「七人の侍」。
そのクライマックス、侍たちと野武士との決闘シーン。

撮影がおこなわれたのは極寒の2月。
連日の降雪でオープンセットは一面雪に覆われていた。

雪をどけても地面のぬかるみは隠せない。
黒澤は大胆に発想を変えた。逆に大雨を降らせ、
決闘を雨中のシーンにしたのである。

雨と泥にまみれる戦場が予想外のアングルで映し出される
壮大なクライマックス。
映画史上屈指の名場面はそのようにして生まれた。


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蛭田瑞穂 13年3月23日放送


黒澤明と七人の侍⑦

映画「七人の侍」。
その台本をつくるために黒澤明は
脚本家の小国英雄、橋本忍とともに
熱海の旅館に籠った。

農民に雇われた侍たちが、団結して野武士と戦う
という筋書きはできたが、そこにはひとつ問題があった。
当時の厳しい身分制度では、農民と侍がひとつになる
などということはありえなかった。
台本づくりは暗礁に乗り上げ、
一行も進まない状態が丸三日続いた。

4日目の朝、小国英雄にアイデアが浮かんだ。
2つの身分の橋渡しをする役として、
農民でも侍でもない人間をつくればいいのではないか。

こうして、姿は侍だがじつは農民の出の、
菊千代というキャラクターができあがった。

映画では三船敏郎が演じた、あの破天荒な人物も、
苦悩の末に生まれたものである。


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