2018 年 8 月 18 日 のアーカイブ

佐藤理人 18年8月18日放送

180818-01 Raico Rosenberg.com
海のむこう 「暗黒の海」

大西洋が荒れ狂うアフリカ西海岸ボハドル岬。
海水が間欠泉のように吹き上げる凄まじさに、
かつてそこから先は

 亡霊や怪物が棲む暗黒の海

と恐れられていた。

14世紀、ポルトガルの船乗りジル・ヤネシュが、
真偽の程を確かめてみることにした。

暗黒の海の向こうで目にしたもの。
それは鰯の群れが水中にひらめく銀の海と、
平和そのもののような海岸線だけだった。

彼は王様に献上するために、
砂浜に咲く美しい花を一輪積んで帰った。

その花は今日、

 ローズマリー

と呼ばれている。


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佐藤理人 18年8月18日放送

180818-02
海のむこう 「イギリスを見つけた男」

紀元前300年頃ギリシャの探検家ビュテアスは、
著書「大洋」の中でイギリスについてこう述べた。

 イギリス人はまれに見るほど親切で礼儀正しく
 現代人のようにずるいところがない


 ワインは飲まず大麦から作った発酵酒を飲む
 彼らはこの酒をクルミと読んでいる


ビュテアスはイギリスのさらに北にある
アイスランドやノルウェーにまで行き、
流氷や白夜の存在を克明に記した。

しかし地中海の温かさしか知らない当時のギリシャ人たちは、
彼の話をでっち上げだとまるで信じなかった。


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佐藤理人 18年8月18日放送

180818-03
海のむこう 「新大陸」

1492年、新大陸を発見したコロンブスは、
スペインに莫大な富をもたらし英雄になった。

しかし彼は発見した国の統治権と財宝の10%を要求。
図々しさと傲慢さをイザベラ女王に嫌われ、失脚。
1506年5月20日、世間にも忘れ去られ、
関節炎に苦しみながら、失意と落胆のうちにこの世を去った。

1年後、彼が発見した大陸は友人のイタリア商人、
アメリゴ・ベスプッチの名をとって

 アメリカ

と名付けられた。

コロンブスは死ぬまで自分が発見したのは
アジア大陸東岸沖の島々だと固く信じていた。


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佐藤理人 18年8月18日放送

180818-04
海のむこう 「フビライとマルコ」

1275年、中国に着いたマルコ・ポーロは、
その壮麗さに強く魅せられた。

皇帝フビライ・ハンもこの20歳の若者を気に入り、
象に乗って狩りに行ったり、
豪華な宮殿へ自由に出入りすることを許した。

金色に輝く彫刻や家臣たちの優雅な生活など、
皇帝に仕えた17年間で目にした驚くべき光景を、
彼は片っ端からノートに書き留めた。

25年ぶりに故郷ベネチアに帰った3年後。
ジェノバとの戦争で捕虜になると、
彼は囚人仲間に記憶を元に思い出話を書き取らせた。

それがアジアについて書かれた初の旅行記、

 東方見聞録

1324年、息を引き取る床で彼は言った。

 わたしはまだ見たことの半分しか話していない


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佐藤理人 18年8月18日放送

180818-05
海のむこう 「漂流実験」

人間はどのくらい長く漂流できるのか。
自分の肉体を使って実験した男がいた。

1953年10月19日、フランスの医者アラン・ボンバールは、
食料も水ももたずゴムボートで大西洋に漕ぎ出した。

彼は毎日0.7Lの海水に魚から搾り取った水を加えて飲んだ。
さらに壊血病にならないようプランクトンでビタミンを補給した。

出発から65日後のクリスマスイブ。
5000km以上の旅の果てに彼は西インド諸島のバルバドスに到着。
体重は25kgも減ったが、極めて健康だった。


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