2009 年 6 月 26 日 のアーカイブ

五島のはなし⑮

昨日、J-WAVE開局が島の中学校で
話題になったと書きましたが、
それといっしょに思い出したのが
ラフォーレ原宿。なぜかは覚えてないですが
ラフォーレ原宿も話題になっていた。
「ねえ、知っとる?ラフォーレ原宿、ナウかよね~」
と、皆で話してたのだ。だれも東京行ったことないのに。

さらに高校のとき好きだった女の子は
「東京に行きたい」が口癖で、なんで行きたいのか聞くと
「竹下通りば歩いてみたかけん」と言っていた。

そんなどこぞのわけのわからん通りより、
目の前の男のことを好きになってくれ
という気分で、なんというか
今でも竹下通りには嫉妬に似た気持ちを覚える。

そういえば、最近五島の高校を卒業したいとこが、
ディベートの授業(いまどきの高校はそんな授業があるらしい)
で「住むなら五島派VS住むなら都会派」の議論を
やろうとしたら、ほぼ全員「都会に行きたい」と言って
ディベートにならなかったと言っていました。

がんばれ、五島!

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五島のはなし⑭

ほんと、いきなり思い出しました。
J-WAVEの開局の日のこと。
たぶん中3くらいだったです。
そのころは毎月「FMステーション」を読んでて、
わたせせいぞうさんイラストのカセットテープのラベルを集め、
せっせとラジオ番組を録音したり、レコードからカセットにダビングしたり
してました。聴いてたのはBOOWY、バービーボーイズ、サザン、ノーバディ、
TMネットワーク、ボンジョビ、a~haみたいな人たち
(書いてみるとすごく恥ずかしいのはなぜだろう)だったと思う。

で、J-WAVE。
なぜか島の中学(福江中学校)でも話題になってたんです。
クラスの中で、都会の事情に通じていたSさんという女子が
(そーいえばノーバディやボウイは彼女の影響ではなかったか)
「知っとる?〇月〇日J-WAVEの開局すっとよ」的なことを言ったのである。

Sさんが教えてくれたのか、情報誌で見たのか、
頭に「81.3」は刻みつけられてて、
開局の日、開局の時間に、ラジカセ(赤のAIWA、ダブルデッキだった)の
周波数を合わせて待ち構えていたが、うんともすんとも言わない。

そりゃーそーです。
J-WAVEの電波が九州のそのまた先の島まで届いてるわけがない。
でもそのころそんな親切な説明はどこにもなかった気がする。
しばらく後に「日本全国でJ-WAVEが聴けるわけではない」という
超基本的事実を知ったときの、なんというか、
残念さとみじめさと恥ずかしさを足してそのまま割らないみたいな感情は
いまでもけっこう覚えていて、それはもしかしたら、後々の
「いつか東京に行ってやる!」という気持ちのきっかけだったかも知れない。

おーい、20年前の俺!
なんか知らんけど、いま俺ちょっとJ-WAVEに関わっとるぞー!

と叫んでみたい気分。

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