2013 年 1 月 19 日 のアーカイブ

蛭田瑞穂 13年1月19日放送

kartellpeople
未来をつくる日本人①吉岡徳仁

デザイナー、吉岡徳仁。

2007年、雑誌「ニューズウィーク日本版」で
「世界が尊敬する日本人100人」に選出された、
日本を代表するデザイナー。

彼のデザインの特徴は素材の選び方にある。
アクリルでつくる家具や、アルミを丸めてつくる椅子など、
既成概念を超えた素材を用いて作品をつくり出す。

そしてもうひとつの特徴が自然の取り入れ方。
自ら「自然こそ最高のデザイン」と言うように、
空気や光など自然のエレメントを素材と融合させ、
独特のデザインを生み出している。

「形のないデザイン」。
禅の思想にも通じる技法によって、
吉岡はデザインの新しい地平を拓き続ける。


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蛭田瑞穂 13年1月19日放送


未来をつくる日本人②鳴川肇

建築家、鳴川肇。

彼が考案した新しい世界地図「オーサグラフ」は
「21世紀の世界地図」ともいわれる。

現在多く使われるメルカトル図法の地図は
すべての大陸を長方形の中に納めることができるが、
南北の端の陸地ほど大きく引き伸ばされるという欠点がある。

鳴川のオーサグラフは海と大陸をシームレスに表記しながら、
南北の歪みを解消することに成功した。

地球儀と同じようにオーサグラフには上下左右がない。
地球上のどの地点も中心になることができる。

鳴川は語る。

 日本発の地図を通じて、世界中の人たちに
 それぞれの世界観を持ってもらえたらすてきですね。

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蛭田瑞穂 13年1月19日放送


未来をつくる日本人③稲垣正司

バトントワラー、稲垣正司。

昨年終了したシルク・ドゥ・ソレイユの東京公演『ZED』に
バトントワラーとして出演していた、ただ一人の日本人。

6歳でバトンを始め、世界選手権を11連覇するなど、
バトンの世界の頂点を極めた後、シルク・ドゥ・ソレイユに入団した。

世界中から集まったパフォーマーたちとの共演で
いかにしてオーラを放ち、観客の目を惹きつけられるか。
稲垣のバトンは競技から芸術へと変わり、
彼自身もアスリートからダンサーへ生まれ変わった。

東京公演の終了とともにシルクを退団した稲垣。
次は指導者として世界一を目指すという。

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蛭田瑞穂 13年1月19日放送


未来をつくる日本人④八木啓太

家電デザイナー、八木啓太。

医療用機器のエンジニアだった八木が会社を辞めたのは2011年。
それから彼はたったひとりで電気メーカーを立ち上げた。

一昔前なら無謀と言われただろう。しかし時代は変わった。
かつて何百万円もしたCADは無料ソフトが公開されている。
3Dプリンターはずっと身近になった。
広告をせずとも評判はネットで瞬時に広がる。

八木が会社を起こして最初につくったのが卓上のLEDライト。
発売後、全国からの注文は引きも切らず、生産が追いつかない。
世界3大デザイン賞のひとつ「レッドドット・デザイン賞」も受賞した。

八木は言う。

 町工場や地方にはすごい技術が埋もれている。
 それをアイデアでつなげれば大きな価値を生み出せるはず。


彼の目はものづくり大国日本の復活を確かに見据えている。

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蛭田瑞穂 13年1月19日放送


未来をつくる日本人⑤三井淳平

レゴブロックビルダー、三井淳平。

レゴブロックをつかってさまざま造形物をつくるビルダーの中でも
レゴ社から公式に認められたプロビルダーは世界にわずか13人しかいない。
三井はそのひとりである。

作品をつくる時、三井は設計図を用意しない。
頭の中のイメージだけで、全長6.6メートルの戦艦大和から
実物大のドラえもんまで、小さなブロックを使い自在につくり上げる。

三井の夢はレゴを通して日本の伝統文化を世界にアピールすること。

 今後はレゴで日本画などを立体的に表現してみたい。

彼はイマジネーションを形にし続ける。

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蛭田瑞穂 13年1月19日放送

UK in Canada
未来をつくる日本人⑥小川誠二

物理学者、小川誠二。

1968年、アメリカのベル研究所に渡り、
脳の機能を画像化する磁気共鳴画像装置「fMRI」の実用化に成功する。

fMRIの開発により、脳の研究は飛躍的に進化した。
その功績は医学的な分野にとどまらず、
脳と心の関係という心理学的な研究も促進させた。

小川は今、iPS細胞の山中伸弥教授に続く、
ノーベル医学賞の受賞が期待されている。

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蛭田瑞穂 13年1月19日放送

mollyali
未来をつくる日本人⑦川久保玲

ファッションデザイナー、川久保玲。

彼女がコム・デ・ギャルソンを創業したのは1969年。
以来川久保は服のみならず、ファッションのビジネスも
自身でデザインしてきた。

低価格帯や若者向けのラインを次々と打ち出し、
他ブランドとのコラボレーションも積極的に行なう。

事業を多方面へ展開しながらも、
川久保がブランドの本質を見失うことは決してない。

彼女は言う。

 コム・デ・ギャルソンは万人受けするブランドではありません。
 そうなったらおしまいです。


クリエーションとビジネスの両立というパラドックスと格闘しながら、
川久保玲はファッションの未来を切り拓く。

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