2015 年 8 月 16 日 のアーカイブ

奥村広乃 15年8月16日放送

150816-01 HAMACHI!
東京音頭

屋台の香り。
提灯の明かり。
太鼓の音と、歌声。
輪になって踊る人々。
 
日本の夏に、
盆踊りは欠かせない。
 
有名な盆踊り曲のひとつ、「東京音頭」。
作詞者の西條八十はこんな言葉を残している。
 
 人を動かすことに詩の価値がある。


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礒部建多 15年8月16日放送

150816-02 DBduo Photography
炭坑節

「月が出た出た月が出た」
日本中の盆踊りで、最も親しまれているのが炭坑節。
もとは福岡県田川市の小さな炭坑で生まれた
地方民謡だった。

炭坑節の流行は
戦後に発売されたレコードが次々にヒットしたことによるが
その皮切りとなったのが、
1948年に発売された芸者歌手赤坂小梅の炭坑節だった。

4拍子の軽快なリズム、快活な旋律に、力強い歌声。
日本の復興を信じ、
日夜労働に励む人々にとって、
大きな励みになった歌だった。


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澁江俊一 15年8月16日放送

150816-03 Eliana Nieves
謎の掛け声

「ヤーレンソーラン」
「ヤッショマカショ」
盆踊りで流れる歌には
個性豊かな掛け声がいろいろあるが
最も謎めいた盆踊りの掛け声をご存知だろうか?
それが

ナニャドヤラ

である。

青森県南部や岩手北部などの
旧南部藩に伝わり
日本最古の盆踊りとも呼ばれている。

この謎の掛け声は
民俗学者、柳田國男が唱えた
恋の歌という説をはじめ
方言くずれだという説、サンスクリット語説など
諸説ある中、最も異色なのがヘブライ語説だ。

ヘブライ語といえば
キリスト教の聖書の言葉。
青森県の新郷(しんごう)村には
キリストの墓があり、
今もこの墓のまわりで、
ナニャドヤラを踊る祭りがある。

謎の答えはどうあれ
こんな盆踊りもあるのが、
日本の懐の深さなのだ、と思う。


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松岡康 15年8月16日放送

150816-04 クワトロ@JZA80
終戦の日の盆踊り

1945年8月15日。
天皇陛下の声で太平洋戦争の終戦が
全国民に告げられたその日に
開催された盆踊りがあった。

毎年岐阜県郡上八幡の郡上踊りだ。

夜の8時頃から、
空が明るくなるまで踊り続けることで有名な郡上踊り。

終戦日には官憲からの中止勧告があったが、
市民たちは自然と踊り始めたという。


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澁江俊一 15年8月16日放送

150816-05
ビートルズと音頭

歌詞の意味を変えたり
楽曲の世界観を変えるような
大幅なアレンジには
かなり厳しいビートルズ。

彼らが認めた数少ない例外が
人気の曲「イエロー・サブマリン」を
日本ならではの音頭に変えた
「イエロー・サブマリン音頭」だ。

1982年に発売されたこの曲の
プロデュースを手がけたのは
ポップソングの名手、大瀧詠一だった。

「ナイアガラ音頭」「クリスマス音頭」などを手がけ
並々ならぬ音頭への愛があった大瀧。
日本の伝統的リズムにぴったりハマった
ビートルズのメロディは、
日本人なら、一度聞くだけで頭から離れない。
つい、身体も動いてしまう。

どうやら
ポール・マッカートニー本人も
気に入っているらしい「イエローサブマリン音頭」。
2013年に来日したライブでも
BGMとして流していたという。


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奥村広乃 15年8月16日放送

150816-06 Yuki Yaginuma
盆踊りの偶然短歌

念仏で 救済される 喜びに 衣服もはだけ 激しく踊り
 
盆踊りのことを詠んだ、この短歌。
ご存知だろうか。
 
読み手はコンピュータープログラム。
ツイッターの「偶然短歌bot」が詠んだ短歌だ。
 
言葉のネタ物は、インターネット上の百科辞典Wikipedia。
その盆踊りのページから、
偶然短歌のリズムになったフレーズを
抜き出して詠まれている。
 
膨大な言葉の海から掬い上げられた
5・7・5・7・7に並んだ言葉。
偶然生まれたにしては美しすぎる。


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礒部建多 15年8月16日放送

150816-07 hanapapa
福島の盆踊り

「先祖の霊を迎え慰め、彼岸に送り返す仏教行事」
というのが盆踊りの由来。

「あまちゃん」などで知られる音楽家の大友良英が主催する
福島復興のための「プロジェクトFUKUSHIMA」では、
メインイベントとして、盆踊りが取り入れられている。

昔も今も、
人々の心に安らぎをもたらしてくれる盆踊り。
「ドドンがドン」の掛け声に合わせて
老若男女誰しもが、不思議と笑顔になっていく。


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松岡康 15年8月16日放送

150816-08
東京五輪音頭

1964年10月に開催された
東京オリンピックのテーマソング「東京五輪音頭」。
東京五輪の前年、1963年に発表されたこの曲は、
当時の人気歌手であった三波春夫や橋幸夫、坂本九など
多くの歌手によってレコード化された。

その中で最も売り上げを伸ばしたのが
三波春夫の歌だった。
シベリアで捕虜となるなど、壮絶な戦争体験を持つ三波。
この曲への思い入れは強く、
どこでもいつでも一生懸命「東京五輪音頭」を歌った。

三波は語る。

日本は、日本人は、頑張って、こんなに戦後復興を遂げたんですよ、
ということを、戦後初めて世界に示すイベントである
東京五輪は、なんとしても成功してもらいたい。

オリンピックが終わった後も、
三波はこの歌を歌い続け、人々を笑顔にした。


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