中村直史 09年6月21日放送

1

武満徹・段ボールの鍵盤

いつしか大河となり
海へ出ることを夢見る
一滴の湧水のように、
その段ボール紙は、夢を見ていたのかもしれない。

戦争が終わり、
焼け野原からようやく
人々が立ち上がろうとしていたころ。

男は段ボール紙でつくった鍵盤を
ピアノ代わりに作曲していた。

食べるものも着るものも
限られていたけれど、
想像力には限りがなかった。

 私の物言わぬ鍵盤からは、ずっと沢山の音がなり響いていたように思います。

作曲家、武満徹。
ピアノも持たず
音楽学校にも通ったことのない
小さな作曲家が世界を驚かす、
その始まりのこと。

2

武満徹・作曲の作法

表現をする人は
幸せになっちゃいけない、
とある人が言った。

名だたる芸術家たちが
自らの苦しみをもとに
名作を生み出した事実も数多くある。

が、武満徹は違った。

 幸せでないと、作曲なんかできません。

だから、武満の作曲は、
妻に「ごめんね」というところから始まる。

前の日の夫婦げんかさえ、
心にひっかかったままでは
仕事にとりかかれなかったのだ。

3

武満徹・突然のピアノ

豊かさは、お金ではなく、
気持ちで決まると僕らは知っている。
ときどきそれを忘れてしまうのが、残念だけれど。

段ボール紙でつくった鍵盤を手に、
作曲家を夢見た若き武満徹。 
彼のもとに、ある日突然
本物のピアノが送られてきた。

送り主は、作曲家、黛敏郎。
武満の噂を聞き、自分の苦労と重なった。
ピアノは、武満を奮い立たせた。

それから何十年もたった1991年のサントリーホール。
音楽賞受賞のステージで
そのピアノの話になったとき、
武満は突然下を向き、泣きだしてしまった。

苦しい時代を、
豊かに過ごした人たちがいた。
忘れたくない。

4

黒田三郎

 紙風船

 落ちて来たら
 今度は
 もっと高く
 もっともっと高く
 何度でも
 打ち上げよう

 美しい
 願いごとのように

詩人、黒田三郎さんは
言葉を喜ばせるのが上手な人でした。

喜んだ言葉たちは、
お返しに、とばかり
人を喜ばせてくれます。

5

コナン・ドイル   

1893年、事件が起きた。
イギリスで最も有名な男が殺されたのだ。
被害者の名は、シャーロック・ホームズ。

彼の死は、
ロンドン中に衝撃を与えた。
抗議行動が起こり、
プリンス・オブ・ウェールズが、
出版社に手紙を送った。

死に追いやったのは、作者コナン・ドイル。

自ら生み出した世紀のヒーローに
すべての時間を奪われ、
いつしか、殺しの計画を立てていた。

小説には描かれなかった、
もうひとつのストーリー。






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6

南方熊楠

履歴書を前にすると、
あの人のことを思い出す。
そして、敵わないと思う。
あまりの敵わなさに、うれしくもなる。

趣味の欄。
彼ならどう書くだろう。
草花、キノコ、コケ、土、星、化石、人間、
動物、宗教、エトセトラ、エトセトラ。

ミスター森羅万象、南方熊楠。

実際に彼が書いた履歴書は、
長さにして、7メートル70センチ。

ああ、敵わない。

子どものころ
山の草花に夢中になり、
2,3日帰らなかった。
村人たちは神隠しだと言ったが、平気な顔で帰ってきた。
ついたあだ名は「天狗ちゃん」。

やっぱり、敵わない。

おーい、ニッポンのみなさん。
ぼくらにはすごい先輩がいるぞ。

「なんだかこのごろつまらない」
なんて言ってると、はずかしいぞ。

7

永井荷風

何を恥ずかしいと思うかが、
その人の才能なのだという。

彼は、歯の欠けた
その顔を恥ずかしいと思わなかった。

家庭を顧みないことも、
ケチと呼ばれることも、
ノゾキ趣味さえも、
恥ずかしいとは思わなかった。

奇人、永井荷風。

ただ、
誰かが書いた様なものを書くのは、
恥ずかしかった。

8

アーネスト・ヘミングウェイ

「草食系男子」なんて言葉を聞いたら、
ヘミングウェイは笑うだろう。

彼は「男」であろうとした。
生きざまも。小説のテーマも。そして文体も。

 なすべきことは、一文たりと疎かにせず正確な文章を書くこと。
 たがわず顎に一撃くらわす文章を。

男どもよ。
ヘミングウェイという名の、肉を喰らえ。
余分な脂肪はなく、
噛みごたえがあり、
血の滴る肉を。

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