2013 年 5 月 19 日 のアーカイブ

猫写真はタイミング(猫愚痴 26)



猫写真はタイミングだと思う。
せっかく三匹も並んで仲良くご飯を食べている姿を目撃しても
それが夜だったら写真は撮れない。
実はさっき無念の涙で引き下がってきたばかりだ。

上の写真の猫は
昼間、いそいでもないときに実にいいタイミングで出会った。
しかも飼い猫だった。首輪と鈴をつけている。
カメラを向けても逃げない。落ち着き払っている。

写真を撮らせてもらってから、近づいて撫でてみた。
フカフカの毛だ。気持ちいい。
なでなでなでなで、あんまりしつこく撫でていたら
ずりずりと後ずさりされてしまった。

また来るからね〜。写真撮らせてね〜(玉子)

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石橋涼子 13年5月19日放送

きんちゃん
緑のはなし 室生犀星の感じた緑

新緑が芽吹き若葉の香り漂う五月は、生命力溢れる季節。
しかし一方で、五月病というものにかかる人もいる。

新しい季節が発するハツラツとしたエネルギーに、
すこし腰が引けてしまうのかもしれない。

そんなときは、室生犀星の
「五月」という詩を口ずさんでみよう。

 悲しめるもののために
 みどりかがやく
 くるしみ生きむとするもののために
 ああ みどりは輝く


緑の持つエネルギーは、きっと、あなたの糧になる。


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石橋涼子 13年5月19日放送

かずっち
緑のはなし フォーチュンの求めた緑

19世紀イギリスは、大航海時代とともに
庭園ブームがピークを迎えていた。
プラントハンターと呼ばれる人々が
まだ見ぬ植物を求め、はるか極東へやってきた。

アジサイやツツジなど色鮮やかな花に加え
彼らが求めたのは、「緑」だ。
冬の寒さ厳しいイギリスでは
一年中緑を絶やさない常緑樹が好まれたのだ。

アオキの苗を求めて日本へ上陸したプラントハンター
ロバート・フォーチュンは、こんな感想を記した。

 いや、まったく、
 これらの島々は庭園の趣というより
 むしろ自然の庭園そのものであった。


彼らにとって日本は
黄金の国よりもはるかに魅力的な、緑の国だった。


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熊埜御堂由香 13年5月19日放送

akio長野
緑のはなし 丸山健二の田舎暮らし論

今年70歳になる、作家丸山健二。
文壇とはかかわりを持たず、
「孤高の作家」と呼ばれることもある。

東京で一時、サラリーマンをしていたが、
芥川賞を受賞したのち、
25歳で長野県の郷里に移住。
自然の中で暮らしながら、小説を書き続けている。

近年、丸山は、団塊の世代が
退職後に田舎に移住する
「田舎暮らし」現象について
深く憂えるようになった。

都会からの移住者の求める自然が
牧歌的で、優しい、うわべのイメージだけで
捉えられているからだ。
そうやって移住を決めて
挫折したひとを丸山はたくさん見てきた。

丸山が、田舎暮らしについての
思いを綴ったエッセイには、
こんなタイトルがつけられている。

 『田舎暮らしに殺されない法』。

自然の手ごわさを知っているからこそ。
丸山健二が描きだす緑は
厳しく、力強く、そして美しい。


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茂木彩海 13年5月19日放送

the BCth
緑のはなし 小林崇がつくる緑

一日に何十回と木に登り、
ロープに吊られた状態でノコギリを使う。
大工は大工でも、生きている木の中に、家をつくる。

ツリーハウスの第一人者。小林崇。

緑にやさしく包まれて、風を頬に感じながら
寝転がったら、どんなに気持ちがいいだろう。

その心地よさを彼はこんな風に語っている。

 生きている木のうえに
 肩車みたいに乗せてもらっている感じ
 乗せてもらって、
 そこから景色を見ているというのがいい。



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茂木彩海 13年5月19日放送

Roger McLassus
緑のはなし 関野吉晴が見た緑

探検家、医師、美術大学教授。
3つの顔を持つ男、関野吉晴。

アフリカで生まれた700万年前の人類が
どのように世界へ広がっていったのか、
その道すじをたどる旅「グレート・ジャーニー」を
約10年もの歳月をかけて達成した。

その旅の途中、関野はある光景と出会う。

アラスカを先住民と犬ぞりで移動していた時、
真っ白な雪景色の中に、一点の緑が見えた。

近づいていくとどうやら1本の木であるらしい。

その木の目の前まで来たとき、先住民たちがみな
おもむろに犬ぞりから降り、その木に向かって拝みはじめた。

薪にすれば体を暖めてくれること。
食べるためのトナカイたちを育てくれること。
過酷な雪から身を守るための家が建つこと、
生きるためのすべての源がこの緑であることを感謝していたのだった。

関野は言う。

 今、地球上に存在するすべての生命が奇跡なんです。
 そして、それを感じることができるのは人間だけなんです。


緑を全身で感じる。
それだって立派な奇跡のような出来ごと。


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小野麻利江 13年5月19日放送

m-louis
緑のはなし マーシャ・ブラウンが見た緑

 さわやかな みどりのはっぱのうえの
 ちいさなみどりの いもむし
 つめたいみどりのあしで
 はっぱのはじに ぶらさがる


アメリカの絵本作家 マーシャ・ブラウン。
道ばたに生える、なんでもない草の葉っぱですら。
彼女の目を通して見れば、
かけがえのない存在をいつくしむ
ひとかけらの、詩に変わる。

彼女は語る。

 みることのレンズは
 ちいさいものを おおきくみせる・・・


5月の新緑に、目をやる時。
あなたなら、そこに何を見つけるでしょうか。


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薄景子 13年5月19日放送

4510waza
緑のはなし 新川和江

言の葉と書いて言葉。
新緑の季節、木々の葉たちは
みずみずしい言葉を舞い落とす。

詩人、新川和江は
そんな一枚の葉を
自分にたとえてこう詠う。

 誰のまねでもない
 葉脈の走らせ方を 刻みのいれ方を
 せいいっぱい緑をかがやかせて
 うつくしく散る法を
 名づけられた葉なのだから 考えなければならない



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薄景子 13年5月19日放送

山の旅人
緑のはなし 光野桃

女性の人生哲学を描くエッセイスト、光野桃。
かつての座右の銘は「努力」。
1ヵ月に30本もの締め切りを抱える日々に、
心も体も疲れ果て、
すべての仕事を捨て、何の計画もないまま
夫のいるバーレーンへ旅立った。

そんな光野の再出発は、帰国後、
母親の介護をのりこえた後のこと。

介護疲れのリハビリを兼ねて行った山で、
木々の緑や空のありのままの美しさに気づかされる。
もう成長しなくてもいい。自分は自分のままでいいのだと。

以来、著書やイベントで
読者を森へといざなうようになった光野は言う。

 人生の目的は 誰かに認められることでも
 何かを生みだすことでもなく
 今この時を愛し慈しむということ。



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