2013 年 5 月 5 日 のアーカイブ

大友美有紀 13年5月5日放送


「父と息子」北原白秋

北原白秋は、完璧な父だった。

 父はこのうえなく寛大だった。
 どんなときでも慈愛ぶかくあった。


そう書く長男、隆太郎は一度だけ
白秋に厳しく叱責された。
叔母が亡くなった時、あまりの悲しさに
追悼文が書けなかったのだ。
白秋は、自分はそんな理由で
義理を欠かしたことがないと叱った。

その夜、白秋は再び隆太郎を呼び、
母と妹、家族全員で
伯母の追悼録をつくろうと提案する。
厳しさと優しさの父だった。


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大友美有紀 13年5月5日放送


「父と息子」ディケンズ

 病気や悲しみも人にうつるが、
 笑いと上機嫌ほど、
 うつりやすいものもこの世にはない。


「オリバーツイスト」「クリスマスキャロル」、
イギリスの国民的作家、チャールズ・ディケンズ。

幼い頃、
のんだくれで賭け事が好きな、でも気のいい父と
その友人たちの気をひくために、
酒瓶の散乱したテーブルにのぼり、
滑稽なジェスチャーとダンスを披露した。
後に父は破産し、チャールズたちを苦しめることになる。
それでも、酔っぱらいの前の卓上で味わった
喝采と注目、人を楽しませることの喜びが、
のちのディケンズをつくった。
彼の弱者への視点は、父から生まれたものだった。


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大友美有紀 13年5月5日放送


「父と息子」ルノワール

「どん底」「大いなる幻影」「ゲームの規則」
1930年代、トーキー映画の幕開けの時代、
次々と傑作を世に送り出した映画監督。
ジャン・ルノワール。
父親は、印象派の巨匠、オーギュスト・ルノワール。
映画は芸術か?と問われれば、映画も庭いじりも
ヴェルレーヌの詩やドラクロワの絵と同等に芸術だという。

 父は私に芸術の話などしたことがない。
 この「芸術」という言葉に我慢がならなかったのだ。
 こどもたちが絵をやろうと、芝居か音楽でも
 まったく勝手だった。
 ただし、それをやりたいという気持ちが
 限りなく強くなって、
 どうしてもやらずにいられないようにならなければ、
 駄目なのだ。


ジャンの一生は、オーギュストが与えた影響を
確定しようとする試み費やされた。
抜け出そうとしたり、学んだことを実行したり、元に戻ったり。
彼の映画は、父の影響を隠せば隠すほど、
父を感じるものになった。


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大友美有紀 13年5月5日放送


「父と息子」中原中也

近代詩人・中原中也は、
人並みはずれた子煩悩だった。
長男を2歳で亡くした時、
悲しみのあまり屋根を歩き回った。

 窓から暗い月夜を見ていると
 瓦屋根のうえに白蛇が横たわっていて
 それが確かにこどもを奪ったヤツなので、
 踏み殺そうと思って屋根へ上った。


その1年後、
中也の通夜の席で、11ヶ月の次男が、
カステラを手でつかんでもみくちゃにしてしまった。
それを見た客がこんどは杯を持たせてみると
次男は小さな手でそれを受け取り、
生前の中也そっくりの手つきで杯を持った。
弔問客は、どっと笑い、悲しみの涙を絞った。


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大友美有紀 13年5月5日放送


「父と息子」チェーホフ

「桜の園」の作者・チェーホフ。南ロシア生まれ。
その掌編は、知的階級の俗物性をえぐり、
大胆に笑いを加える。近代人の不毛と絶望を描く。

祖父は、農奴だった。
苦労して得た金で自由身分を買った。
父親は祖父の店を継いで、チェーホフの兄たちを
大学に行かせたところで、力尽きてしまった。

彼は奨学金で医大に進み、
在学中から雑誌に投稿し、家計を助けた。
医師になってからも執筆を続け、著名な作家となった。
その後は、流刑囚の待遇改善運動に取り組み、
小学校を3つも寄付した。
しかし自作の中では、主人公に体制下の
診療所や小学校に対する批判をさせる。

 民衆は大きな鎖でがんじがらめに縛られているのに、
 あなたは、その鎖を断ち切ろうとせず、
 新しい鎖の環を付け加えているにすぎない。


父と違う生き方を選ばされた自分。
努力の末、ブルジョワ階級となった自分。
自己を辛辣に見つめることが
父への愛だったのかもしれない。


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大友美有紀 13年5月5日放送


「父と息子」セザンヌ

近代絵画の父、ポール・セザンヌは
気難しい人だった。
どこまで描いても満足せず、描いて描いて
命を縮めるほどに絵画に取りつかれていた。
30歳の時、19歳のオルタンスと出会い、結婚。
やがて、息子が生まれる。
しかし、父親から経済的援助を受けるため、
結婚と誕生を隠さなければならなかった。
オルタンスは、忍耐の結婚生活を強いられ、
セザンヌは絵に全エネルギーを注いだ。

晩年、糖尿病を煩ったセザンヌは、
妻と子に愛情溢れる言葉を残したのか。

 わしの悲境では、わしを慰め得るものは、
 唯おまえばかりだ


セザンヌが息子に宛てた手紙だ。
どこまでも自分の心情に素直だ。


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大友美有紀 13年5月5日放送


「父と息子」ルドン

フランス象徴主義を代表する画家・ルドン。
生後2日目で里子に出された、絶望的な孤独。
その環境が、心の奥底に棲む妖怪を描く、
幻想性と夢想性にあふれた、
彼の世界を形成した。

40歳を超えて、はじめて父となった感動は深い。
生後2ヶ月の息子に呼びかける。
その目を自分に向けさせようとする。

 彼は長い間私を見つめて、
 目に涙をためてほほえんだ。
 私は征服された。






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大友美有紀 13年5月5日放送


「父と息子」若田光一

2013年末。宇宙飛行士・若田光一は、
国際宇宙ステーションの、
日本人初のコマンダー・船長となる。

小学校のときは模型飛行機を飛ばして遊んでいた。
父は、公務員。朝早くから仕事に行き、残業や飲み会などで、
返ってくるのは夜遅かった。
その父は、給料日には、きっちりと早く帰ってくる。
夕食のおかずが一品多くなる。
母は、給料袋を感謝して受け取る。
給料が多かった月、父は母に服でも買えと言った。
母は、父のコートを買おうと言った。

 「じゃ、ちょっと無理して、光一の自転車でも買ってやるか」

光一は飛び上がって喜んだ。
小学2年まで、幼稚園の時の小さな自転車で我慢していた。
お金のありがたみ、人に感謝する心、働く尊さ、思いやり、我慢を、教えられた。
父から学んだ心構えが、宇宙でも活躍する。


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