江口順也 09年9月20日放送

E.yazawa1

矢沢永吉 12歳


はじめてビートルズを聴いたとき、
あなたは、なんて思っただろうか。


12歳だった矢沢永吉は、
ラジオから流れてきた
“プリーズ・ミスター・ポストマン”を耳にして、
こう思った。



 こいつは、儲かりそうだ。


海の向こうのサクセスストーリーを、
矢沢少年は、
他人事では片づけない。


もしかして俺だって、音楽をやれば、
世の中ひっくり返せるんじゃねぇの?


イギリスから来たポストマンが
広島の少年に届けたのは、
ロックスターへの招待状だった。







E.yazawa2

矢沢永吉 上京


ふるさとを捨て、
ロックスターになるために上京してきた
若き日の矢沢永吉。


その口は、もっぱら二つのことに使われた。

ひとつは、歌。

もうひとつは、ハッタリ。

初めてのマスコミ取材で、
大新聞の記者を相手に
将来の目標を、こう答えてみせた。



 10メール先のタバコ屋にもキャデラックで行って、
 ピュッとハイライト買えるくらいの男になりたいっすね。


ツテもない。金もない。夢しかない。
ナメられたら、はい、それまでよ。
オレに、還る場所はない。


ヤザワのハッタリは、
自分を夢から逃げさせないための
ディフェンスラインだった。



E.yazawa3

矢沢永吉 スター街道


階段を一段抜かしで登っていくと、
人よりも早く、てっぺんに着く。


矢沢永吉の生き方には、
そんな無言のルールが感じられる。


初めてのライヴハウス、皆が浮かれているときに。
ヤザワは独り、それをどうレコード会社に売り込むか考えていた。


デビューバンドが、全国のチャートを沸かせているときに。
ヤザワは独り、世界の音楽シーンへの挑戦を考えていた。


いつも周囲より、一段先へ、先へ。
それが幼いころからの矢沢のクセであり才能であり、
孤独。


 
 お前らとは夢のデカさが違うんだ。


そう心に秘めながら、走り続けたその道を、
人は後から、スター街道と呼んだ。



E.yazawa4

矢沢永吉 臆病


みずから敵の間へ躍り込んでいくのは、
臆病の証拠であるかもしれない。


と言ったのは、ニーチェだ。

矢沢永吉は、自身を臆病者と呼ぶ。


 「大丈夫かな?」
 「今のオレは、間違ってないか?」
 「後悔してない?」
 「これでいいのか?」


そういつも、自分にクエスチョンしている。

臆病なやつは、常に怖れているから、
次にどうすべきかを必死で探る。調べる。計算する。


大胆なライオンよりも、
本当に恐いのは、
臆病なライオンのほうだ。



E.yazawa5

矢沢永吉 どん底


てっぺんを走っていた男は、
ある日、どん底へと突き落とされる。


スタッフに裏切られ、
35億円というフザけた借金を
ひとり背負わされた、矢沢永吉。


傷つき、落ち込み、苦しみ抜いて、
しかし男は、こう考えるようになった。



 これは、矢沢永吉という役なわけ。
 田舎から夜汽車に乗って上京し、
 いろいろ苦労して最後にスーパースターになるって役さ。
 悪くないだろ?


視点を変えれば、気持ちが切り替わる。
地獄から這い上がったスターは、
いま苦しい人に、強く語りかける。



 リストラされたって、借金を背負ったって、それは役だと思え。
 苦しいけど死んだら終わりだから、本気でその役を生き切れ。


E.yazawa6

矢沢永吉 スタイル


テクノロジーが、あっという間に、
ものごとや価値観を変えていくようなときに。
矢沢永吉は、こう答えを出した。


 
 ひとつだけわかったことはね、
 ダウンロードできないものを作らないといけないと思ったの。


すべては検索でき、すべてがデジタルコピーできる時代。

歌はダウンロードできる。

しかしスタイルは、ダウンロードできない。


E.yazawa7

矢沢永吉 Happy Birthday.


時間よ止まれ。

かつて、
そんなタイトルで日本中を酔わせた
矢沢永吉も、


五日前に60歳の誕生日を迎えた。

Happy Birthday、永ちゃん。

二十代の終わりに出した
自伝「成りあがり」を開くと、
こんなことが記されている。



 50になってもケツ振って
 ロックンロールを歌ってるような
 かっこいいオヤジになってやる。


今夜、開かれるのは、
予言の年齢を10も超えた
「還暦記念ライヴ」。


その公演タイトルはズバリ、

「ROCK’N’ROLL」。

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名雪祐平 09年9月19日放送

1

イチロー


イチロー、あなたは、タイムマシーン。

1世紀以上も昔の大リーグ記録を
時空を越えて連れて来てくれる。

あなたの打球が、
青い空を切り、芝生の絨毯の上を縫う間、
世界の時間は止まる。

何千本のヒットを重ねても、
あなたはこう言った。


 ヒット1本って、
 飛びあがるくらいに嬉しいんですよ。


野球が好きで好きでしょうがない。
限りないひたむきさが、
きっと、タイムマシーンのエンジン。


2

コラソン・アキノ


大統領選挙の立候補用紙。
彼女はその職業欄に、
「Housewife」主婦と書いた。

フィリピンの独裁政権に
立ち向かった夫が暗殺され、
いわば、その代役。

独裁者マルコスが、
素人に政治は任せられない、と攻撃すると、
彼女も見事に反撃。


 国民を欺き、盗み、
 暗殺した経験がないという意味では、
 私は素人だ。


苦しんできた国民が熱狂しないはずはない。
1986年、元Housewife、
コラソン・アキノ大統領はこうして誕生した。


3

鈴木澄子


女の幽霊は、美人に限る。

戦前の美人女優、鈴木澄子は
四谷怪談のお岩さんや、化け猫役で売れた。

私生活でも、人をびっくりさせる
いたずら好き。

トイレに入っているとき、
ノックされると、
いつもこんなふうに
こたえたのだという。


 どうぞ。


やっぱり、この美人、
ちょっとこわい。


222

やなせたかし


ぼくの顔をたべてごらんよ。

そんな型破りなヒーロー、
アンパンマンは、
なぜ生まれたか。

作者やなせたかしが、
戦争体験と、戦後のひどい食糧事情で
こう思い知らされたから。


 究極の正義とは、
 ひもじい人を救うこと。


アンパンマン、
もし、あなたが実在するとしたら、
まず、どこへ行きますか。


5

桑田真澄


その巨人・阪神戦で、
三塁とホームの間に小さなフライがあがった。

ピッチャー桑田真澄は、
キャッチしようとダイビング。

その着地の衝撃で、右肘靱帯を断裂。
それから2シーズンを棒に振る重傷だった。

661日ぶりのカムバック第1戦。
小さなフライがあがる。

残酷にも、あの日を再現するような。

それでも桑田は、迷うことなく
全力でダイビングした。

無事だった。
よく、ベストを尽くす、というけれど、
どこまでいったらベストなのか。
その答えが桑田のプレイにあった。


6

千利休


われこそが一番。

豊臣秀吉は、天下人となっても
まだまだ権威が欲しかった。

その欲望は、茶の湯に向かった。
「秘伝の作法」をつくり、それを教える資格を
自分と千利休の2人だけで独占。

利休はそれを弟子に伝授しながら、
きゅうくつな秘伝などまったく重要でない、
一番の極意は別にある、と伝えた。


 それは自由と個性なり。


利休の茶の湯は400年後のいまに残った。
人間の自由と個性は、権威より、しぶとい。






111

北島康介


日本のスポーツ選手のインタビューは、
どこか似ている。

たとえば、話し始めに、
そうですね。と付けるパターン。

そうですね。と話す間に
次の言葉を考える、というメディア対策の
テクニックかもしれないけれど。

もうすこし、自由な言葉を望むのは、
わがままだろうか。
たとえば、水泳の北島康介選手のような。


 チョー気持ちいい。

 何もいえねぇ。


試合直後のこんなナマな言葉が
心をつかむと思うから。


7

マザー・テレサ


ノーベル平和賞の受賞インタビューで
マザー・テレサに次の質問があった。

世界平和のために、
わたしたちは何をしたらいいのですか。

マザー・テレサのこたえは、
とてもわかりやすかった。


 家に帰って、
 家族を大切にしてあげてください。


平和はまず手近なところから。
一人暮らしの人は、だれかを想うところから。

今夜も、穏やかに、おすごしください。



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古田組・八木田杏子 09年9月13日放送

村上春樹のギフト

村上春樹のギフト


天才が、才能にめざめる瞬間。

村上春樹のそれは、二十九歳の春に訪れた。

一行も小説を書くことなく、
肉体労働をしていた頃のこと。

神宮球場で野球観戦をしていたとき、
彼は突然、不思議な感覚におそわれた。

空から羽根が降ってくるみたいに、
「書きたい」と強く思った。

それは、天の啓示のような感覚。
常人には理解しがたい感覚。

さらに彼は、こう付け加えている。

そういうのは誰の人生にも、
一回くらいは起こるんじゃないかな。
ただ、人によっては見過ごしちゃうのかもしれない。

微かで儚いひらめきを、日常に埋もれさせなければ、
才能が目覚める瞬間は、きっと、誰にでも来る。



村上春樹の確信

村上春樹の確信


誰もがその才能を認めても、
村上春樹は、自分の作品が気に入らなかった。

はじめて書いた小説「風の歌を聴け」で、
新人賞をとったとき、彼はこんな挨拶をした。

四十歳になるまでには、
まともなものを書けるようになりたい。

小説の書き方がわからずに、
自分が扱える材料で創ったものへの不満。

一二年では、書けないという確信。
十年続ければ、書けるという希望。

小説家であり続けるために、
村上春樹は、人生を設計する。

ゆっくり、しっかり育てた才能は、
三十年間、輝き続けている。



村上春樹の世界

村上春樹の世界


光が届かない世界では、色も形も変わってしまう。

色とりどりの珊瑚礁や魚を通りすぎて、
さらに深く潜っていくと、
赤も黄色も、灰色がかった青になり、
そのうち全てが黒になる。
魚の形も、いびつなものになっていく。

人間の心の奥深くにも、
そんな世界が広がっている。

村上春樹は、そこまで降りていく。

自分の魂の不健全さ、歪んだところ、狂気を孕んだところ。
その「たまり」みたいなところまで、
実際に降りていかないといけない。

鍛えあげた肉体を、頼りに。
家族や友人との絆を、命綱にして。

人が立ち入れない世界に行けるから、
人が見たことのない物語が書けるのだ。



村上春樹の仕事

村上春樹の仕事


村上春樹の仕事は、
小説家ではないのかもしれない。

彼は、こう断言する。

注文を受けては小説を書かない。
ものを書く喜びが、なくなっちゃうから。

では、小説を書きたくないときは、何をしているのか。
彼は、翻訳をしている。

文章の技術を磨きながら、
自分の中の抽出を、満たしていくために。

そのあいだに溜まったものを、
引っ張り出して、長編小説がうまれる。

村上春樹は、小説を書くために、生きている。

だから、生きていくための仕事が、
もうひとつ必要になる。


こころのプロフェッショナル

こころのプロフェッショナル


心理学をやると、
人の心が、わかるようになりますか。

そう聞かれると、河合隼雄は、こう答える。

人の心を、わかったつもりになるのが、アマチュア。
人の心は、わからないと思えるのが、プロフェッショナル。

なるほど。
そう思って、まわりを見渡すと。

あの人は、こうだよね。
と言うときは、わかったつもりで終わらせていた。

あの人は、わからない。
と言うときは、その人のことを知ろうとしていた。

では。
いま、となりにいる人は、どうだろう。



エリザベス1世の誕生

エリザベス1世の誕生


エリザベスがイギリスの女王になったときの絵を見ると
王冠をいただいて戸惑うような表情を浮かべている。

実際に
王室の側近フランシス・ウォルシンガムが
はじめて会ったときのエリザベスは
女王としてはまだ心もとない存在だった。

政略結婚を嫌がって、恋人とのダンスに耽る。
大臣の言いなりになって、戦争に負ける。

そんな女王が、暗殺されそうになったとき、
ウォルシンガムは、命をかけて首謀者を追い詰めた。

そして、彼に守られたエリザベス1世は、
髪を切り、女を捨て、イギリスと結婚をする。

ウォルシンガムが、命をかけて見せつけた覚悟が
ひとりの偉大な女王を育てたのだろうか。





エリザベス1世の帝王学

エリザベス1世の帝王学


エリザベス1世は、
何も持っていない女王だった。

私生児と呼ばれ、幽閉され、
命さえ狙われていた。

だれもが、私を、疑う。
だれもが、私を、一度は裏切ろうとする。

どんなに不安が膨らんでも。
女王は、人を信じつづけた。

自分の弱さを隠す、強がりではなくて。
ひとの弱さを許す、強さを持とうとした。

そんなエリザベス1世だから、
弱小国家だったイギリスを、
世界の強国にできたのだ。



エリザベス1世の親友

エリザベス1世の親友


お世辞だとわかっていても、男は喜ぶ。
お世辞だとわかっているから、女は冷める。

だれもが誤魔化して生きる宮殿で、
エリザベス1世は、自分を誤魔化せない。

だから彼女は、飢えていた。
まっすぐ向かってくる人間に。

その男は、世界をぐるりとまわって、
抱えきれないほどの財宝をもって、現れた。

フランシス・ドレーク。
海賊でもある彼は、女王を恐れない。
小賢しいやりとりは、いらない。

女王と海賊は、
取引ではなく、友情で結ばれていく。

エリザベス1世が追い詰められたとき、
型破りな海の王者は、
スペイン無敵艦隊を焼き尽くした。

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小山佳奈 09年9月12日放送

Tsiolkovsky

ツィオルコフスキー


宇宙には音がない。
あるのはどこまでも続く静寂。


ロケットが宇宙に行けることを
世界で初めて証明した
ツィオルコフスキー。


9歳で聴覚を失い
中学校にも入れなかった彼は、
ほぼ独学で宇宙と向き合い、
宇宙を手にした。


耳の聞こえない彼にとって
宇宙は誰よりも公平だと
彼は思ったのかもしれない。



von_Braun

フォン・ブラウン


ただ月に近づきたかった。
ただ月をその手につかみたかった。


宇宙を夢見るフォン・ブラウン少年は
ヒトラー率いるドイツ陸軍の下、
ひたすらロケットを作り続ける。


大戦後、
NASAにスカウトされ、
アポロ11号を月へと導いたブラウンは、
ナチスに協力した過去を問われた時、
こう答えた。



私は宇宙へ人間を飛ばす目的のためならば、
悪魔と手を握っても働き続けたいと思った。


夢は大きければ大きいほど
その分の覚悟を要求してくる。







3

糸川英夫


「太平洋を20分で横断するロケットをつくる」と宣言した時も。
23センチのペンシルロケットを打ち上げた時も。
周りの大人たちは失笑し、あるいは嘲笑した。


糸川英夫はそんな大人たちに目もくれず
せっせと宇宙に近づいた。


しかしその膨張するやっかみは
彼をすっぽりのみ込んで
憧れ続けた宇宙を彼から奪った。


いま太陽系には
イトカワという名前の小惑星がある。


糸川が死んだ後、大人たちがつけた。
その功績をたたえて。


今ごろ糸川は地球を見下ろし
何が功績だと笑っているに違いない。



4

ジョン・グレン


77歳で宇宙飛行士となったジョン・グレン。
彼は記者会見でこんな質問を投げかけられた。



無重力を老人に試す実験なら
上院議員のあなたではなく
66歳で現役飛行士の
ジョン・ヤングが行くべきでは。


彼はニヤリと笑って
こう答えた。



He is too young.


やはり彼は
宇宙にふさわしい。



5

ジョン・ヤング


宇宙飛行士ジョン・ヤングはかねてより
チューブの味気ない宇宙食に耐えかねていた。


彼は特注のターキー・サンドウィッチを
ロケット内に持ち込むことを目論んだ。
もちろんそれは見つかって
こっぴどく叱られたけれど。


そういえば
「2001年宇宙の旅」にも
ハムやチキンのサンドイッチを
飛行士たちがほおばるシーンがある。


少なくとも人間の食欲は
無重力にも負けない。


食欲の秋。
大いにけっこうじゃないですか。


6

ニール・アームストロング


人類で初めて月に降り立った
ニール・アームストロング。


彼は月へと向かうアポロ11号の中で
サミュエル・J・ホフマンの
「月からの音楽」をよく聴いた。


この曲にはテルミンが使われている。
奇妙にあたたかいその電子音は、
宇宙と自分とつなぐ糸だったかもしれない。


彼は地球上のどの詩人よりも
ロマンチストであった。



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毛利衛


空の美しい街に生まれた少年は
空を見上げて育った。


毎日毎日空を見上げているうちに、
少年は宇宙飛行士になっていた。


17年前の今日、
空を見上げて育った少年、毛利衛は
颯爽と宇宙へ飛び立った。


宇宙。
たったその2文字に
どれだけの時間と才能が
費やされたことだろう。


人間はそれでもまだ引きつけられる。
宇宙はやはりブラックホールだ。


今日は宇宙の日。


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熊埜御堂由香 09年9月6日放送

元祖スイーツ男子

あの人の食 元祖スイーツ男子


スィーツ男子が流行だという。
スイーツ男子というのは甘党の男性だ。
甘いもの好きと、自然に言いやすい世の中になったのだろう。

けれども、甘党の真打ちは明治の昔にいる。
お汁粉を食べ過ぎて胃潰瘍を悪化させ
大量の血を吐いてもビスケットを食べたがり
臨終の床でもアイスクリームをせがんだ夏目漱石先生だ。

それでも自分では甘党だと思っていなかったので
こんなことをぬけぬけとおっしゃっている。

 あれば食うという位で、わざわざ買って食いたいというほどではない

甘党もここまでくると、ハードボイルドで男らしい。

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薄景子 09年9月6日放送

秋山豊寛

あの人の食 秋山豊寛


「これ本番ですか?」
世界初の宇宙飛行ジャーナリスト、秋山豊寛が、
衛星から発した第一声は有名である。

彼が地上400kmから見た
青い地球は、まさに「命の塊」だった。

そんな秋山が、宇宙の次に選んだ旅先は、農業。
現在、福島県で米や椎茸などの有機農業を実践している。

彼は言う。
 「人間が生物であることと、
 いちばん身近にある仕事が、農業だ」

命の塊であるこの星の、命をつなぐ食べ物をつくる。
農業ブームとは一線を画す、生きものとしての営みに
ジャーナリストの探求の旅は、果てしなく続く。



佐藤初女

あの人の食 佐藤初女


佐藤初女さんのおむすびを食べて、
自殺をとどまった青年がいる、という。
その理由は、「おむすびがタオルにくるんであったから」

彼女は、おむすびをにぎると、
ラップではお米が呼吸できないので
赤ちゃんをおくるみで包むように、
タオルでそっとくるんでおく。

そうして、「食」という命と
向き合っている。

標高400メートル、
岩木山の麓にひっそり佇む「森のイスキア」。
初女さんが「みんなのお家」と呼ぶここには、
声もしおれ、水さえのどを通らない人が、
心の重荷を下ろしにやってくる。

夜中にチャイムが鳴るときも
初女さんは身支度をして玄関にでる。
開けていいのか、一瞬の葛藤。
意を決して開ける扉は、彼女の心の扉なのだ。

受け入れられた旅人は、
やがて、ぽつりぽつりと言葉を発し、
初女さんのおむすびを食べ、
気づけば、自分で重荷を下ろして帰っていく。

佐藤初女、87歳。何をやっている人かときけば、
「食べることを大切にしています」


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石橋涼子 09年9月6日放送

向田邦子

あの人の食 向田邦子


向田邦子は、
ドラマ「寺内貫太郎一家」で
ささやかだけれど
確かなぬくもりのある
昭和の家族の生活を描いた。

朝食のシーンのト書きには、
毎回献立が書かれていた。

アジの干物に大根おろし、
豆腐と茗荷の味噌汁、
などなど

ある日、向田はメニューの最後にこう書いた。

ゆうべのカレーの残り

そこには、ドラマのワンシーンではなく、
昨日も今日も、明日も続く、
寺内家の生活が確かに描かれていた。



ロッシーニ

あの人の食 ロッシーニ


食いしん坊という存在は、
なんだか愛らしい。
食い意地が張っている、
というのとはちょっと違う。

「食べる」という行為を
心から愛し、無邪気に楽しんでいるから
ではないだろうか。

ロッシーニは本物の食いしん坊だった。
オペラ作曲家として人気も実力も絶頂の37歳で
「食」に専念する、という理由で
引退してしまったのだから。

大好きな料理を楽しむためにレストランをつくり、
大好きなトリュフを探すために豚を育て、
大好きなワインを楽しむためにレシピを考えた。

彼の音楽的才能を惜しんだワーグナーが熱心に説得しても
ロッシーニはラム肉の焼き加減を気にしてばかり。

そんな彼が心から涙を流したのは、生涯で二回だけだという。

一度目は、パガニーニの演奏を聴いたとき。
二度目は、トリュフがたっぷり詰まった七面鳥を
落としてしまったとき。

食に向かうとき、その人がどんな人間かがよく見える。



トーマス・エジソン

あの人の食 トーマス・エジソン


発明家トーマス・エジソンといえば、
電球を発明したこと。
よりも、

発電から送電までの
電気事業を整備したこと。
が、評価されている。

そんな天才エジソンがある日言い出した。

一日二食では健康に良くない。
一日三食にするべきだ。

こうして、アメリカ国民は健康のために
朝食を食べるようになった。

エジソンが発明したトースターで焼いた
こんがりキツネ色のトーストを。

モノをつくるだけでは売れないことを
彼は知っていた。
同時にマーケットもつくらないと。
エジソンは、本当の発明家だった。

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熊埜御堂由香 09年9月6日放送

森鴎外

あの人の食 森鴎外の秘密


家庭の中だけの、ちょっとマニアックな食の嗜好、
ひとつやふたつ、ひとにはあるものだ。

硬派な文豪、森鴎外の場合は・・・
ご飯に饅頭を割って載せ、煎茶をかける、饅頭茶漬け。

饅頭茶漬けは門外不出の家庭の秘密だったけれど
鴎外が死んだ後、
娘が書いたエッセイで世に知れわたってしまった。

お汁粉のようでおいしい、と娘は書いているが
天国の鴎外先生はどんな顔をしているだろう。



幸田文

あの人の食 父と娘の台所


幸田文(あや)は自分を「台所育ち」だと言った。

幼いころに母をなくし、
父、幸田露伴が家事全般を躾けた。

その台所仕事の手始めは、
文が7歳の頃から毎日の献立を記録する「だいどころ帖」
文が「とうふのおみよつけ」と、たどたどしく書けば、
露伴は、「味噌汁 つかみどうふ もみのり散らして」と
一言一句、きびしく直す。

露伴は文に言った。
 この帳面から音が聞こえてくるようにならなくちゃね

女学校に入って台所をあずかるようになった文は、
献立に迷うと、かつてつけていた「だいどころ帖」を何度も思い返した。

父の死後、文は食を題材にした小説やエッセイを数多く残したが
そのひとつにこんな短編がある。「台所のおと」

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佐藤延夫 09年9月5日放送

1

幾何学の時間/エウクレイデス


幾何学。
この言葉を聞くだけで
うんざりする人が、どれだけいることだろう。


幾何学の“幾何”というのは、
図形の性質を調べ、証明すること。


たとえば、
ひとつの円に内接する正五角形を作図し、
それが正五角形である理由を証明する。
なんとも難しい話だ。


幾何学は、人類の歴史そのものであり、
古代エジプトの哲学者エウクレイデスまで遡ることができる。


もう一度、勉強してみようかな。
学生たちの二学期は、もう始まっていますね。







1

国語の時間/新美南吉



これは、私が小さいときに、村の茂平というおじいさんにきいたお話です。


こんな出だしで始まる物語は、
国語の時間に習った「ごんぎつね」。


作者は、新美南吉。
4歳のときに母親が亡くなり、
8歳で養子に出され、
その1年後、寂しさに耐えられず、実家に戻っている。


童話「ごんぎつね」を書いたのは、18歳のとき。
物語に出てくる兵十(ひょうじゅう)のモデルは、実在する人物。
ひとりぼっちで、いたずら好きな、ごんぎつねのモデルは、
あるいは、南吉本人なのかもしれない。


あのときの国語の教科書は、
まだ、机の中にあるだろうか。



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化学の時間/ラヴォアジエ


化学の実験には、お金がかかる。
それは今も昔も同じこと。


18世紀、フランスの化学者ラヴォアジエは
税金取り立ての暴力組織、徴税請負人の一員となり
実験資金を稼いだ。


そして発見したのが、質量保存の法則。
物質どうしが化学反応をする前後において、
その質量は変わらない、というもの。


ラヴォアジエは、フランス革命後、ギロチンで処刑されるが、
その間際、親しい人にこんな宣言をした。

 僕の首が切れても、可能な限り、まばたきをしてみせる

その実験への執念には、頭が下がる。



3

音楽の時間/グリーングリーン


ある日、パパとふたりで語りあったさ


明るいメロディで始まるこの曲は、
音楽の教科書の定番。
合唱コンクールで歌った人も多いのでは。


教科書に載っているのは、たいてい3番まで。
5番でパパが亡くなってしまうことは
あまり知られていない。


この歌を作曲したのは、
アメリカのシンガーソングライター、
バリー・マクガイア。


彼の曲には、そもそもパパなんて登場しない、ということも
あまり知られていない。



100

植物学の時間/牧野富太郎と寿衛子


生まれながらに好きだった。


日本にある植物のうち、
およそ1000種類の名前を付けた植物学者、牧野富太郎。
だが研究に没頭するあまり、家計は破綻した。


文句ひとつ言わず夫を支えたのが、妻の寿衛子。
借金取りが来ると家の前に赤い旗を掲げ、
富太郎に、今帰ってくるなと知らせた。


昭和二年、寿衛子が病に伏しているとき、
富太郎は、新種の笹を発見する。
それを、スエコザサと名付けた。
妻への深い感謝を込めて。


翌年、寿衛子は、亡くなった。
富太郎は、墓碑の周りにスエコザサを植え、
こんな句を刻んでいる。



 家守りし 妻の恵みや わが学び


生まれながらに好きだったもの。
生きながら、好きだったもの。



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算数の時間/ガウス


算数の問題です。
1から100まで全部足すと、合計でいくつになるでしょう。


この答えを瞬時に導き出したのは、
ドイツの数学者、カール・フリードリッヒ・ガウス。
わずか9歳のときのエピソードだ。


最小二乗法、
正十七角形の作図法、
整数論の確率など、
のちに彼は、近代数学に影響を及ぼす
さまざまな発見をする。


さらに24歳で小惑星を発見。
60歳でロシア語に挑戦。
晩年には心霊術にも手を出したという。


努力する天才ほど、強いものはない。

1から100までの合計、わかりましたか?
正解は、5050です。



4

費やす時間/学者たち


日ごろの努力が実を結ぶまで、いったいどれほどの時間が必要だろう。


それは学者たちの功績を見ればわかりそうだ。

数学の難問、
フェルマー予想を証明してみせたアンドリュー・ワイルズは
七年間、研究室に籠った。


キュリー夫妻が、ラジウムの抽出に成功するまで、八年。

メンデルは、ダーウィンの進化論を証明するために
エンドウ豆を225回も交配し、およそ1万3千もの種類を調べ上げた。
費やした時間は、八年。


桃栗三年、柿八年。
あながち、この言葉は間違っていない。


二、三年で諦めるなんて、気が早すぎる。




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坂本和加

sakamoto_waka

大好きなモーターサイクルで
行ってみたいところがある、っていうのと
書いてみたいことがある、っていうのは
同じなんですね。最近気づきました。

書くことで行けるところへは、
たどり着くのが難儀です。

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