2014 年 8 月 のアーカイブ

熊埜御堂由香 14年8月10日放送

140810-06

6香りのはなし グルヌイユの恋

46カ国語に翻訳された小説、
パトリック・ジュースキントの『香水 ある人殺しの物語』。
愛する女性の香りを永久に保存するため殺人を犯す
孤独な男の物語だ。
異常に鋭い嗅覚をもつ主人公、
グルヌイユは、苦悩し、こう独白する。

 見たくないなら目をふさげばいい、
 聞きたくないなら耳をふさげばいい、
 しかし鼻はそうはいかない、
 それは呼吸に関わっているからだ。

香りとは、ときに、ひとを、
抗いようのない、
甘美で悲しい恋に誘う。

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茂木彩海 14年8月10日放送

140810-07

7.香りのはなし 女の香り

フランスの作家、レミ・ド・グールモン。
彼は「髪の毛」という詩で、女性の香りをこう例えている。

 君は干し草の匂い、
 けものが身を置いたあとの石の匂いがする。

自分の中から自然と沸き立つ香りに、女性の魅力は隠れている。

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茂木彩海 14年8月10日放送

140810-08
idarknight
8.香りのはなし 未来の香り

香りは、過去の記憶だけを呼び覚ますわけではない。

そんな気づきを、作家、重松清は
短編「コーヒーもう一杯」の中でこう表現した。

彼女と飲むコーヒーの香りをむしょうに懐かしく感じている彼に、
彼女は語る。

 あなたはいま、

 未来の懐かしさを予感してるの。

 だから、

 なにも思いだせないのに懐かしいの。


未来で出会う記憶が、よりよいものになるように。
いまはただ、素敵な香りと出会いたい。

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飯國なつき 14年8月9日放送

140809-01
El Pelos Briseño
走る① ララムリ

走ることで、生きている民族がいる。
メキシコの険しい山岳地帯に住む、彼らの名は「ララムリ」。

彼らにとって、走ることは苦行ではないという。
「12時間でも14時間でも、夜を徹して走り続け、
誰がいちばん長く走れるか」
というゲームを楽しんでいるほどだ。

近くでウルトラマラソンが開かれると、
たくさんのララムリが参加し、上位を独占する。
ランニング専用のシューズやウエアを身につけた先進国の人々を、
ララムリは、わらじにスカートという普段着で、
軽やかに抜かしていくのだ。

ララムリに伝わる、こんなことわざがある。

 地の上を走り、地とともに走る限り、永遠に走ることが出来る。

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飯國なつき 14年8月9日放送

140809-02
flashcurd
走る② Runner

走るときに、音楽が大切な相棒になるという人は多い。
中でも人気のある曲のひとつが、
爆風スランプの「Runner」だ。

この曲は、爆風スランプのメンバー4人のうち、
ベースの江川ほーじんの脱退に際し作られた曲だった。

結成以来、苦楽を共にしてきた仲間が去ることになり、
しばらく放心状態だったサンプラザ中野。
彼がつづった歌詞からは、
感傷を振り切り、夢へと向かう強い決意が読みとれる。

 走る走る俺たち 流れる汗もそのままに
 いつかたどりついたら 君に打ち明けられるだろう
 たとえ今は小さく 弱い太陽だとしても

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蛭田瑞穂 14年8月9日放送

140809-03
Jimmy Walker
走る③ 村上春樹

作家村上春樹には旅先におけるひとつの習慣がある。
それは走ること。

ローマ、ハンブルグ、ホノルル、ボストン、ミコノス島。
ランニングウェアに着替え、ジョギングシューズを履き、
行く先々の町を彼は走る。

村上春樹は言う。

 旅に出て、その町を走るのは楽しい。
 時速10キロ前後というのは風景を見るには
 理想的な速度だろうと僕は思う。
 それぞれの町にはそれぞれの空気があり、
 それぞれの走り心地がある。
 僕はそういう町の表情を眺めながら
 のんびりと走るのが好きなのだ。

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森由里佳 14年8月9日放送

140809-04

走る④ 坂井義則

1945年、8月。
原爆が落ちた1時間半後のヒロシマで生まれた、坂井義則。

東京オリンピックで聖火リレーの最終ランナーに選ばれ、
大観衆の前で聖火を灯した。

日本が、被爆国という歴史を背負ったその日に生まれた坂井。
その彼が灯した、平和の祭典の幕開けを告げる炎は、
戦災からの復興を告げる、力強い赤だった。

坂井は、自分が選ばれた理由についてこう語る。

 無名の青年に、日本中の思いを、未来の平和を託したんだと思う。

オリンピックが再びこの国に戻ってくるまで、あと6年。
その聖火の色は、平和を守り続ける決意の赤に違いない。

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goto no hanashi (191)

なんかですねー、タイトル欄に日本語書き込むと変になるんですよね・・・
あと、写真の縦横比がうまくいかないんですよね・・・
もう見切り発車でアップします・・・

aokata

で、久しぶりに書きます、なぜかというと、
福岡から五島へ行く深夜フェリー「太古」が新船になったのです!
早く乗りたい!って思ってたんですが、
満席で乗れなかったりして、こないだやっと乗れました。

shimajima12 のコピー

で、ですね。

taiko_kyokai2

船が新しくなったせいで航海が快適なんですよ。
快適さのせいか、夜明けとともにパッと目が覚めて、甲板に出ました。
太古は、五島列島を北端の宇久島から順に南下していくのですが、
夜明けの島々の景色が素晴らしいのです。

taiko_kyokai2 のコピー

上の写真をズームしてみると・・・山の中腹に教会が見えます。
島々の中にこじんまりとした教会が見える。
これも五島らしさ。
長崎県の教会群は世界遺産候補です。

hashi2

太古の船旅は、ただの移動ではないです。
こんな景色を楽しめるのだから。

kanpanback

ほら

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なんかね、いいんですよ

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いいぞー五島!って甲板から叫びたくなります。
恥ずかしいから叫びませんけど。

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船の中も快適です。

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そして何と船は新しくなったのに、運賃は値下がりしてました。
意味が分からない!

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トイレはホテルみたいでした。

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新船、太古。
かっこいい。乗ってみませんかー!
そして、夜明けの甲板、出てみませんかー!

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大友美有紀 14年8月3日放送

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「私の発明」トーベ・ヤンソン

1914年、8月、トーベ・ヤンソンは、
彫刻家の父と画家の母の間に生まれた。
今年で生誕100周年。

初めてのムーミン物語は、
50ページにも満たない小冊子として、
ヘルシンキとストックホルムの駅の
キオスクに並んだ。
とてもさり気ないデビュー。

 主人公のムーミントロールは
 私の発明。

トーベ・ヤンソンは、胸を張って言う。
他にはいない生き物。
だからこそ、今でも愛される。

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大友美有紀 14年8月3日放送

140803-02

「ムーミンを生んだ戦争」トーベ・ヤンソン

新椎気鋭の画家だった、若き日のトーベ・ヤンソン。
反戦・反独裁を唱える政治風刺雑誌『ガルム』に連載していた。
いばりちらす権力者をからかい、古くさい社会システムを
笑い飛ばすキャラクターを描いた。
これが、ムーミントロール。

 ムーミンを描くようになったきっかけは、
 戦争で絵が描けなくなったから。
 じつをいうと現実に背を向けて、
 つくられた世界にひたるという
 一種の逃避でした。

 
当時のムーミンは小さくて痩せてて、
しょっちゅう怒っていた。
検閲で思うように絵が描けない
ヤンソンの憤りを象徴するかのように。

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